加藤 喬
加藤ゼミナール代表・弁護士
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院 修了
総合39位・労働法1位で司法試験合格
基本7科目・労働法・実務基礎科目の9科目を担当
東京地裁は、2025年3月27日、緊急事態宣言発令中に24時間営業や酒類提供を行っていた北京料理店に勤務していた男性従業員(以下「従業員A」といいます。)が店側が感染対策を怠ったことにより新型コロナウィルスに感染して死亡したとして、従業員Aの遺族が店側に損害賠償請求訴訟を提起した事案において、店側が感染対策を怠ったことと、それが原因で従業員Aが新型コロナウイルスに感染して死亡したことを認め、店側に計約6800万円の損害賠償を命じました。
この事件は、多くのメディアで取り上げられています。
1⃣損害賠償請求の根拠
店の従業員を被害者とする事件であるため、損害賠償請求の理論構成としては、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条、710条)の他に、債務不履行に基づく損害賠償請求(民法415条1項本文)も考えられます。
従業員と店(権利義務の主体となる法人又は個人事業主を意味します。以下同じ。)とは雇用契約(民法623条)の関係にあり、店は従業員に対して雇用契約上の安全配慮義務(労働契約法5条)を負うので、債務不履行構成の場合には、店側の雇用契約上の安全配慮義務違反を理由として損害賠償請求をすることになります。
いずれの請求であっても、死亡した従業員の遺族が、相続人として、同従業員から相続した損害賠償請求権を行使するという形で、店に対して損害賠償請求をすることになります。
なお、近親者固有の慰謝料の賠償請求までしているのかは不明です。
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2⃣立証のハードル
債務不履行構成と不法行為構成が競合する事案では、債務不履行構成の方が帰責事由の立証責任が債務者に転換されている(民法415条1項但書)点において債権者にとって有利であると説明されることがあります。
確かに、債務不履行構成では債務者の免責事由の存在が抗弁である(415条1項但書)のに対し、不法行為構成では加害者の故意・過失が請求原因であるため、一般的には、相手方の主観的態様に関する立証責任の点で債務不履行構成のほうが被害者側にとって有利であると考えられます。
しかし、本問では、債務不履行が問題となっている債務は手段債務である安全配慮義務であり、原告側は請求原因において安全配慮義務の内容を特定した上で、その違反があったことを基礎付ける具体的事実を主張・立証する必要があります。この債務不履行構成における安全配慮義務違反に関する主張・立証は、不法行為構成における過失の主張・立証の内容と概ね一致します。
債務不履行構成において、結果債務の場合には債務不履行とは別に債務者の免責事由の存否が問題となりますが、手段債務の場合には債務不履行の有無と債務者の免責事由の存否は表裏一体の仕方で問題となり、債務不履行が認められれば必然的に債務者の免責事由の不存在も認められることになりますから、この意味において、本来債務者が負っている免責事由に関する主張立証責任が債権者に転換されているに等しいといえるわけです。
したがって、債務不履行構成において安全配慮義務違反を問題とする事案では、相手方の主観的態様に関する立証責任の点で不法行為構成よりも債務不履行構成のほうが被害者側にとって有利であるとはいい難いです。
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3⃣主たる争点
この種の事件では、①過失(不法行為構成)又は安全配慮義務違反(債務不履行構成)の有無と、②相当因果関係の有無が争点となります。
報道内容からして、今回の事件では、①と②がいずれも争点になっており、損害賠償請求が認められていることから①と②がいずれも認められていることが分かります。
①のうち、不法行為構成における過失は、結果予見可能性を前提とした結果回避義務違反を意味し、「結果予見可能性→結果回避義務の内容の確定→結果回避義務を果たすことによる結果回避可能性→結果回避義務違反」という流れで検討することになります。
特に争点になりやすいのは「結果予見可能性」であり、今回の事件でも「結果予見可能性」、すなわち、被害者従業員の就労環境等を前提として店側が有効な感染対策を採らなかった場合に従業員が新型コロナウイルスに感染して死亡するという結果について、店側が予見可能であったのかが争点となっています。
債務不履行構成の場合であっても、今回の事件における安全配慮義務違反の判断では、結果予見可能性や結果回避義務、結果回避義務違反の有無が問題となるため、不法行為構成の場合と同様、「結果予見可能性」の有無が争点となります。
店が緊急事態宣言発令中に24時間営業をしており、かつ、酒類の提供をしていたなどの事実から、「結果予見可能性」を認めることはさほど難しくないと考えられます。
私は、今回の事件における最大の争点は、②過失又は安全配慮義務違反と新型コロナウイルス感染との間に相当因果関係であると考えます。法律に詳しくない方でも、「店外で業務と無関係に感染した可能性が残るのでは?」と疑問に感じる人も少なくないと思います。
不法行為構成であっても、債務不履行構成であっても、店側が有効な感染対策を怠ったこと(過失又は安全配慮義務違反)と、従業員が新型コロナウイルスに感染して死亡したこととの間に、相当因果関係が必要とされます。
より分析的に見てみると、㋐「店側が有効な感染対策を怠った」→㋑「従業員Aが新型コロナウイルスに感染した」→㋒「従業員Aが死亡した」→㋓「従業員Aに損害が発生した」という因果経過について、相当因果関係が認められる必要があります。
最高裁(最二小判昭和50年10月24日)は、ルンバール事件において、「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを要し、かつ、それで足りるものである。」と判示しています。
ここでいう「特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明する」ことが、㋐→㋑→㋒→㋓という全ての因果経過に必要とされます。
㋐→㋑の相当因果関係が認められれば、比較的容易に㋑→㋒→㋓の相当因果関係が認めれますから、争点は㋐→㋑の相当因果関係の有無です。
メディアで報道されている内容からすると、東京地裁判決では、当時は緊急事態宣言発令中であったことの他に、(ⅰ)従業員Aが住み込みで長時間働いており、店以外で感染者を接触する機会は(ほぼ)なかったことと、(ⅱ)ほぼ同じ時期に3人の従業員も新型コロナウイルスに感染していたことも認定されています。
(ⅰ)は、従業員Aが店以外で感染したという可能性を排斥する事実であり、(ⅱ)は、そのような可能性がないことを前提として、店側が有効な感染対策を怠ったことにより従業員Aが店内で新型コロナウイルスに感染したことを積極的に根拠づける事実です。
これらの事実関係から、㋐と㋑の間に「特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性」を認めることができると考えます。
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司法試験・予備試験の受験生の皆さんは、報道される各種の事件を自分なりに法的に分析する姿勢を持つと、法律に関する理解が深まるとともに、法的知識を運用する実力も身に付くと思います。
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