加藤ゼミナールについて

職種限定合意と配置転換命令 最二小判令和6年4月26日

事件の概要

本判決は、労使間に職種等を限定する旨の合意がある場合において、その労働者の個別的同意を得ることなく職種等の変更を伴う配置転換を命じることの可否が問題となった事案において、例外的に労働者の個別的同意なしに配置転換を命じる余地を認める見解を採用することなく、「労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。上記事実関係等によれば、上告人と被上告人との間には、上告人の職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、被上告人は、上告人に対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない。」と判示し、契約上限定された職種等に係る業務が廃止される予定である一方で異動先に欠員が生じていたという事実関係も踏まえて配置転換命令を有効と判断した控訴審判決(大阪高判令和4年11月24日)を破棄しました。

 

事案・判旨

(事案)※解説の便宜上、事案を簡略化している
 Xは、Y社に雇用されている労働者であり、平成13年3月、福祉用具センターにおいて、福祉用具について、その展示及び普及、利用者からの相談に基づく改造及び製作並びに技術の開発等の業務(以下、併せて「本件業務」という。)に係る技術職として雇用されて以降、本件業務に係る技術職として勤務しており、XとY社との間には、Xの職種及び業務内容を上本件業務に係る術職に限定する旨の合意(以下「本件合意」という。)があった。
 Y社は、Xに対し、その同意を得ることなく、平成31年4月1日付けでの総務課施設管理担当への配置転換を命じた(以下、この命令を「本件配転命令」という。)。
 Xは、本件配転命令は本件合意に反するなどとして、Y社に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求めて訴えを提起した。
 控訴審判決(大阪高判令和4年11月24日)、契約上限定された職種等に係る業務が廃止される予定である一方で異動先に欠員が生じていたという事実関係も踏まえて、例外的にY社についてXに対して本件合意に反する配置転換を命じる権限を認めるとともに、解雇回避目的にも着目して配転命令権の濫用にも当たらないと判断した。
 Xは、上告した。

(判旨)
 「3 原審は、上記事実関係等の下において、本件配転命令は配置転換命令権の濫用に当たらず、違法であるとはいえないと判断し、本件損害賠償請求を棄却すべきものとした。
 4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。上記事実関係等によれば、XとY社との間には、Xの職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、Y社は、Xに対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない。
 そうすると、Y社がXに対してその同意を得ることなくした本件配転命令につき、Yが本件配転命令をする権限を有していたことを前提として、その濫用に当たらないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
 5 以上によれば、この点に関する論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中、不服申立ての範囲である本判決主文第1項記載の部分(本件損害賠償請求に係る部分)は破棄を免れない。そして、本件配転命令について不法行為を構成すると認めるに足りる事情の有無や、Y社がXの配置転換に関しXに対して負う雇用契約上の債務の内容及びその不履行の有無等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。」

 最高裁判所 判例集

 

判例解説

配転命令権の有効性に関する問題点は、①配転命令権の法的根拠、②職種・勤務地限定合意の成否・効力、③配転命令権の濫用(労契法3条5項)の3つに分類されます。

判例は、①配転命令権の法的根拠については、配転命令は労働契約上の合意の範囲内でのみ可能であるとする契約説に立っています(東亜ペイント事件・最二小判昭和61年7月14日・百62)。

多くの場合、配転命令権は就業規則の配転条項によって根拠づけられています。就業規則の契約内容補充効(労契法7条本文)により、労使間の労働契約の内容が配転命令を予定したものに規律されることになる結果、労使間の労働契約の内容を根拠として使用者の配転命令権が根拠付けられるわけです。

もっとも、②職種・勤務地限定合意がある場合、当該労働者との関係では、これに反する限りにおいて使用者の配転命令権が否定されることになります。

労契法7条但書は、就業規則の契約内容補充効の例外として、「労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。」と定めています。これは特約優先規定と呼ばれるものであり、労使間の個別合意は、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約」に当たらない限り、就業規則に優先する効力を有することになります。したがって、職種・勤務地限定合意がある場合には、当該合意が就業規則上の配転条項に優先して当該労使間の労働契約の内容を規律することになるため、使用者の配転命令権は当該合意に反する限りにおいて排斥されます。

最二小判令和6年4月26日において問題となったのは、②職種・勤務地限定合意の効力です。すなわち、職種・勤務地限定合意がある場合であっても、例外的に使用者について当該合意に反する配置転換を命じる権限が認められる場合があるか否かが問題となりました。

職種・勤務地限定合意がある場合における配転命令の可否に関する問題は、理論上、㋐労働者の個別的同意の成否と、㋑例外的に労働者の個別的同意なしに配置転換を命じる権限の有無に分けることができます。

まず、㋐職種・勤務地限定合意がある場合であっても、使用者が職種・勤務地変更の申込みを行い、労働者が個別的同意をすれば、これにより労使間の労働契約の内容が申込みに係る職種・勤務地変更を予定したものに変更されるため(労契法8条の合意原則)、変更後の労働契約の内容を根拠として使用者の配転命令権が根拠づけられることになります(土田道夫「労働契約法」第2版419頁、水町勇一郎「詳解労働法」第3版534頁)。

もっとも、労働者の個別的同意の有無は慎重に検討する必要があります(土田道夫「労働契約法」第2版419頁、水町勇一郎「詳解労働法」第3版534頁)。雇用関係法における基本的な考え方として、労使間には交渉力・情報の格差があることから、労働者にとって不利益な変更等に係る個別的同意が認められるためには、それが労働者の自由意思に基づくと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要であると解されています。

例えば、判例は、就業規則不利益変更合意について、「労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって変更することができるものであり、このことは、就業規則に定められている労働条件を労働者の不利益に変更する場合であっても、その合意に際して就業規則の変更が必要とされることを除き、異なるものではないと解される(労働契約法8条、9条本文参照)。もっとも、使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である。」と判示しています(山梨県民信用組合事件・最二小判平成28年2月19日・百23)。

職種・勤務地変更に係る個別的同意の有無についても、上記判例を踏まえて論じるべきであると考えます。

次に、㋑労働者の個別的同意が認められない場合には、例外的に労働者の個別的同意なしに配置転換を命じる権限の有無が問題となります。最二小判令和6年4月26日において争点となったのは㋑であり、本判決は例外を認めない立場を採用しました。

確かに、本事件のように、契約上限定された職種等に係る業務が廃止される予定である場合には、配転には解雇回避による雇用確保という機能・目的があるため、例外を認める必要性が高いと考えられます。

裁判例にも、「労働契約において職種を限定する合意が認められる場合には、使用者は、原則として、労働者の同意がない限り、他職種への配転を命ずることはできないというべきである。」と述べる一方で、「他職種への配転を命ずるについて正当な理由があるとの特段の事情が認められる場合には、当該他職種への配転を有効と認めるのが相当である。」として例外を認めるものもあります(水町勇一郎「詳解労働法」第3版534頁)。

 ” 労働契約において職種を限定する合意が認められる場合には、使用者は、原則として、労働者の同意がない限り、他職種への配転を命ずることはできないというべきである。問題は、労働者の個別の同意がない以上、使用者はいかなる場合も、他職種への配転を命ずることができないかという点である。労働者と使用者との間の労働契約関係が継続的に展開される過程をみてみると、社会情勢の変動に伴う経営事情により当該職種を廃止せざるを得なくなるなど、当該職種に就いている労働者をやむなく他職種に配転する必要性が生じるような事態が起こることも否定し難い現実である。このような場合に、労働者の個別の同意がない以上、使用者が他職種への配転を命ずることができないとすることは、あまりにも非現実的であり、労働契約を締結した当事者の合理的意思に合致するものとはいえない。そのような場合には、職種限定の合意を伴う労働契約関係にある場合でも、採用経緯と当該職種の内容、使用者における職種変更の必要性の有無及びその程度、変更後の業務内容の相当性、他職種への配転による労働者の不利益の有無及び程度、それを補うだけの代替措置又は労働条件の改善の有無等を考慮し、他職種への配転を命ずるについて正当な理由があるとの特段の事情が認められる場合には、当該他職種への配転を有効と認めるのが相当である。そして、当該正当な理由(以下「正当性」という。)の存否を巡って、使用者である被告は、〔1〕職種変更の必要性及びその程度が高度であること、〔2〕変更後の業務内容の相当性、〔3〕他職種への配転による不利益に対する代償措置又は労働条件の改善等正当性を根拠付ける事実を主張立証し、他方、労働者である原告らは、〔1〕採用の経緯と当該職種の特殊性、専門性、〔2〕他職種への配転による不利益及びその程度の大きさ等正当性を障害する事実を主張立証することになる。以下、本件を上記のような観点からみてみることにする。”(東京海上日動火災保険(契約係社員)事件・東京地判平成19年3月26日)

しかし、上記裁判例の解釈については、「労働契約の合理的解釈という手法を通して配転命令権を肯定する判断であるが、変更解約告知と比較すると、法的根拠が不明確であり、適切な判断であるとは思われない」(土田道夫「労働契約法」第2版419頁)、「このような解釈は、個別労働契約上の限定合意の意義(そこに内包される当事者意思と予測可能性)を軽視するものであり、特別の合意がある場合には就業規則の合理的な変更によっても労働条件の変更を認めないとする労契法10条但書の規定とのバランスからしても妥当とはいえない」(水町勇一郎「詳解労働法」第3版534頁)といった批判があります。

また、使用者には、変更解約告知として職種・勤務地変更の申込みを行い、労働者が同意をしなかったら解雇する、解雇回避努力や手続の相当性との関係で職種・勤務地変更の打診・説得・説明を尽くし、それでも労働者の同意が得られなかったら整理解雇をするといった手段が残されています(土田道夫「労働契約法」第2版419頁、水町勇一郎「詳解労働法」第3版533~534頁)。

したがって、最二小判令和6年4月26日の立場が妥当であると考えます。論文試験でも、上記裁判例に対する批判や使用者には解雇という手段が残されているといった点に言及しながら例外を認めない見解について論証するべきです。

 

執筆者
加藤 喬 加藤ゼミナール代表・弁護士
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院 修了
総合39位・労働法1位で司法試験合格
基本7科目・労働法・実務基礎科目の9科目を担当