加藤 喬
加藤ゼミナール代表・弁護士
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院 修了
総合39位・労働法1位で司法試験合格
基本7科目・労働法・実務基礎科目の9科目を担当
1⃣錯誤の意義・分類
錯誤とは、表示行為と真意(主観)とが一致しておらず、その不一致について表意者が認識していないことを意味します。
錯誤には、①表示行為の錯誤(95条1項1号)と②動機の錯誤(95条1項2号)があり、後者については、改正民法下では基礎事情の錯誤とも呼ばれます。
②動機の錯誤については取消しの要件として同条2項が加重されているため、この意味においても、錯誤取消しの可否を論じる際には、まず初めに、本事例における錯誤が①表示行為の錯誤と②動機の錯誤のどちらに当たるのかを明らかにする必要があります。
2⃣表示行為の錯誤と動機の錯誤の区別
①表示行為の錯誤とは、「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」(95条1項1号)であり、表意者が思い違いにより効果意思と一致しない表示行為をした場合を意味します。
②動機の錯誤とは、「表意者が法律行為の基礎とした事情についてその認識が真実に反する錯誤」(95条1項2号)であり、効果意思どおりの表示行為をしている(そのため、表示行為と効果意思との間に不一致はない)ものの、効果意思の形成過程に思い違い(錯誤)がある場合を意味します。
①表示行為の錯誤か②動機の錯誤かという問題点について、内心の動機から出発して事案を眺めると、間違えやすいです。
表示行為から出発して、その内容を確定した上で、それに対応した効果意思があるかどうかという手順で考えるべきです。すなわち、まずは(1)表示行為の錯誤の有無を問題とし、表示行為の内容を確定するとともに、それに対応した効果意思があるか否かを検討し、(2)表示行為に対応した効果意思がある場合には、表示行為の錯誤は認められないため、動機の錯誤の有無を問題とするわけです。
このように、①表示行為の錯誤と②動機の錯誤の分水嶺は、効果意思と表示行為が一致しているかどうかにあるわけです。
3⃣具体例を使って
以下では、3つの事例を取り上げます。
事例ア Xは、シャンプーAを購入するつもりで、Y店でリンスBを購入した
Xは、シャンプーAを購入するという効果意思に基づき、Y店との間でリンスBを購入する旨の売買契約を締結することによりリンスBを購入するという表示行為をしているので、効果意思と表示行為の間の不一致があり、「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」(95条1項1号)として、①表示行為の錯誤が認められます。
事例イ Xは、シャンプーAを購入するつもりで、Y店でシャンプーAを購入した
Xは、シャンプーAを購入するという効果意思に基づき、Y店との間でシャンプーAを購入する旨の売買契約を締結することによりシャンプーAを購入するという表示行為をしているので、効果意思と表示行為は一致しており、「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」(95条1項1号)たる①表示行為の錯誤は認められません。もちろん、効果意思の形成過程における思い違いもないので、表意者が法律行為の基礎とした事情についてその認識が真実に反する錯誤」(95条1項2号)たる②動機の錯誤も認められません。
事例ウ Xは、同居人ZからリンスBを購入してきてほしいと頼まれたにもかかわらず、シャンプーAを購入してきてほしいと頼まれたと誤解して、Y店でシャンプーAを購入し、帰宅後、Zから購入を頼まれたものがリンスBであることに気が付いた
Xは、シャンプーAを購入するという効果意思に基づき、Y店との間でシャンプーAを購入する旨の売買契約を締結することによりシャンプーAを購入するという表示行為をしているので、効果意思と表示行為は一致しており、「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」(95条1項1号)たる①表示行為の錯誤は認められません。他方で、Xは、同居人ZからシャンプーAを購入してきた欲しいと頼まれたとの誤解に基づき、シャンプーAを購入するという効果意思を形成したところ、実際にはZから購入を頼まれたものはリンスBだったのだから、効果意思の形成過程に思い違いがあるといえ、「表意者が法律行為の基礎とした事情についてその認識が真実に反する錯誤」(95条1項2号)として、②動機の錯誤が認められます。
.
動機の錯誤(基礎事情の錯誤)は、令和1年司法試験設問3及び令和6年司法試験設問2で出題されている重要論点です。
錯誤の分類だけでなく、95条2項の「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたとき」の意味、95条2項の要件と95条1項柱書でいう「その錯誤が…重要なものであるとき」との関係なども、しっかりと勉強しておきましょう。
.