加藤ゼミナールについて

違法性の承継論と毒樹の果実論の違い

2025年06月06日

判例(最一小判昭和53年9月7日)は、違法収集証拠排除法則について、「証拠物の押収等の手続に、憲法35条及びこれを受けた刑訴法218条1項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定されるものと解すべきである。」と述べており、「証拠物の押収等の手続」という直接の証拠収集手続に重大な違法があることを要求しています。

そうすると、先行手続には重大な違法がある一方で、後行する直接の証拠収集手続自体には違法が認められないという事案では、「証拠物の押収等の手続に、…重大な違法があり」とはいえないとして、証拠物の証拠能力を否定することできないはずです。

こうした不都合に対処するための理論が、違法性の承継論と毒樹の果実論です。

違法性の承継論は、先行手続と後行手続との間に一定強度の関連性が認められる場合に、先行手続の違法性が後行手続に承継されるとして、「証拠物の押収等の手続に、…重大な違法があり」といい得るとする理論です。判例も、違法性の承継論を認めています。

毒樹の果実論とは、違法な手続によって収集されたために違法収集証拠排除法則により証拠能力が否定される第一次的証拠に基づいて獲得された第二次的証拠(これは「派生証拠」とも呼ばれる。)の証拠能力を否定する理論です。判例も、毒樹の果実論を認めています。

最三小判昭和58年7月12日における伊藤正己裁判官の補足意見は、毒樹の果実論について、「違法収集証拠(第一次的証拠)そのものではなく、これに基づいて発展した捜査段階において更に収集された第二次的証拠が、いわゆる「毒樹の実」として、いかなる限度で第一次的証拠と同様に排除されるかについては、それが単に違法に収集された第一次的証拠となんらかの関連をもつ証拠であるということのみをもつて一律に排除すべきではなく、第一次的証拠の収集方法の違法の程度、収集された第二次的証拠の重要さの程度、第一次的証拠と第二次的証拠との関連性の程度等を考慮して総合的に判断すべきものである。」と述べています。

このように、違法性の承継論と毒樹の果実論とは、直接の証拠収集手続自体に違法性がない事案において関連性を根拠として証拠物の証拠能力を否定する点において、共通しています。

しかし、違法性の承継論は、違法重大性及び排除相当性という昭和53年最判の判断枠組みを前提とした理論であるのに対し、毒樹の果実論は、昭和53年最判の判断枠組みから外れた理論であるという点で、両者は異なります。

また、違法性の承継論は、先行手続と後行手続との間の関連性を問題とするのに対し、毒樹の果実論は、違法収集証拠排除法則により証拠能力を否定される第一次的証拠と第二次的証拠との間の関連性を問題とするという点においても、異なります。

では、令和6年司法試験刑事系第2問の事案は、違法性の承継論と毒樹の果実論のいずれによって処理するべきでしょうか?

本問において証拠能力が問題となっている【鑑定書】は、①被疑者甲に対する所持品検査→②甲の任意同行→③司法警察員Pによる捜査報告書→④捜査報告書を疎明資料とした捜索差押許可状の発付→⑤捜索差押許可状に基づく捜索により発見された覚醒剤の差押え→⑥差し押さえられた覚醒剤を対象とした鑑定という流れを経て得られたものです。

直接の証拠収集手続である⑤ないし⑥それ自体には違法性は認められませんが、①所持品検査という先行手続には違法性が認められます。

大津事件(最二小判平成15年2月14日)では、違法な逮捕行為により被疑者甲を警察署まで連行し、警察署内で甲から尿の任意提出を受け、その尿から覚せい剤の成分が検出された旨の鑑定書を疎明資料として甲方を捜索場所とする捜索差押許可状が発付され、同許可状に基づく甲方における捜索・差押えにより覚せい剤が獲得されたというように、㋐重大な違法を有する先行手続A→㋑法規違反のない中間手続Bにより第一次的証拠が収集される(違法性の承継論により第一次的証拠の証拠能力を否定される)→㋒法規違反のない後行手続Cにより第二次的証拠が収集されるという事案において、第一次的証拠の証拠能力の有無については違法性の承継論によって判断する一方で、第二次的証拠の証拠能力の有無については毒樹の果実論によって判断しています。

しかし、本問は大津事件型の事案とは異なります。

例えば、司法警察員Pは、所持品検査によって本件かばんから取り出した注射器を本件かばんに戻しており、本件かばんも甲が所持したままであるため、本件かばんや注射器は、違法な先行手続である所持品検査により収集された「違法収集証拠」には当たりません(違法な先行手続によって直接に収集された証拠がない点は、大津事件でも同様です。)。

また、司法警察員Pは、甲をI警察署に任意同行した後で、甲から本件かばんやその在中物の任意提出を受けているわけでもないので、違法な先行手続に続く中間手続によって収集された証拠も存在しません(大津事件では、違法な逮捕行為により被疑者甲を警察署まで連行し、警察署内で甲から尿の任意提出を受けているため、違法な先行手続に続く中間手続によって収集された証拠として「尿」及び「その鑑定書」があり、これが第一次的証拠に当たります)。

そうすると、大津事件型の事案のように、「違法性の承継論+毒樹の果実論」という理論構成で処理することはできません。そもそも、毒樹に当たる第一次的証拠がないため、毒樹の果実論を用いる前提を欠きます。

端的に、所持品検査を違法な先行行為、捜索差押許可状に基づく覚醒剤の差押えを直接の証拠収集手続である後行行為と捉えた上で、違法性の承継論により両者間における違法性承継の肯否を検討するべきであると考えます。

 

執筆者

加藤 喬

加藤ゼミナール代表・弁護士

青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院 修了
総合39位・労働法1位で司法試験合格
基本7科目・労働法・実務基礎科目の9科目を担当