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【要件事実論】賃貸人の転借人に対する返還請求

2025年08月04日

例えば、Aが自己所有の甲建物をBに賃貸し、BがAに無断で甲建物をCに転貸し、Cが甲建物に居住しているという場合において、AがCに対して、甲建物の明渡しを求めるとします。

訴訟物の候補としては、①所有権に基づく返還請求権と、②賃貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権が思い浮かぶと思いますが、AとCの間には賃貸借契約は存在しないため、②が認められる余地はありません。したがって、①を選択することになります。

請求原因は、㋐Aの甲建物の所有、㋑Cの甲建物の占有です。試験的には、無断転貸の事案において、請求原因が争われることはまずなく、転借権に基づく占有権原の抗弁が問題となるのが通常です。

転借権に基づく占有権原の抗弁事実は、㋐AB間の原賃貸借契約の締結、㋑㋐に基づく引渡し、㋒BC間の転貸借契約の締結、㋓㋒に基づく引渡し、㋔AのB又はCに対する承諾の意思表示の5つです。

このように、AはCに対し、無断転貸を理由に甲建物の返還を求めているはずなのに、請求原因でも抗弁事実でも、無断転貸を理由とする原賃貸借契約の解除(612条2項)という話は出てきません。

それは何故か?

転借人が賃貸人に対して転借権を対抗できるかどうかは、612条1項によって規律されている問題であって、612条2項により原賃貸借契約が解除されているかどうかとは別次元の問題だからです。すなわち、賃借人の承諾に基づかない転借権は、原則として賃貸人に対抗することができないため、賃貸人・転貸人間の原賃貸借契約が解除されているかを問わず、転借人は転借権を賃貸人に対抗することができないのが原則です。したがって、賃貸人である所有者が転借人に対して所有権に基づく返還請求権を行使する場合、実体法上、原賃貸借契約を解除する必要はなく、それ故に、要件事実においても、原賃貸借契約の解除の可否は原則として問題とならないわけです。

もっとも、賃貸人の転借人に対する返還請求権において、原賃貸借契約の解除の可否との関係で、信頼関係破壊の法理が問題となることがあります。それは、転借人が、転借権に基づく占有権原の抗弁の要件事実として、㋔賃貸人の賃借人又は転借人に対する承諾の意思表示に代えて、㋔’信頼関係不破壊の評価根拠事実を主張する場合です。

判例(最二小判昭和36年4月28日)は、「賃借人が賃貸人の承諾を得ないで第三者をして賃借物を使用させた場合においても、賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある場合においては、賃貸人は、民法612条2項により契約の解除をなし得ない」と解しており、信頼関係不破壊の特段の事情がある場合、賃貸人が無断転貸を理由に原賃貸借契約を解除できなくなる結果として、転借人は、賃貸人の承諾がないにもかかわらず、転借権を賃貸人に対抗できるようになると解されているからです(岡口基一「要件事実マニュアル1」第6版307~309頁参照)。

なお、ここで注意するべきは、賃貸人が転借権に基づく占有権原の要件事実として、㋔’信頼関係不破壊の評価根拠事実を主張する場合であっても、転借権の対抗可能性との関係において無断転載を理由とする原賃貸借契約の解除の可否が問題となっているにとどまり、実際に原賃貸借契約の解除が認められたか否か(解除の効果の有無)まで問題となっているわけではないという点です。

したがって、賃貸人は、再抗弁として、信頼関係不破壊の評価障害事実を主張する必要があるにとどまり、無断転貸を理由とする原賃貸借契約の解除(612条2項)を主張するわけではありません。

無断転貸の事案における賃貸人の転借人に対する返還請求及び信頼関係破壊の法理は、平成25年と令和6年の予備試験の民事実務基礎科目で出題されており、無断転貸の事案における信頼関係の法理だけでいえば、平成20年と平成29年の司法試験でも出題されているので、しっかりとおさえておきましょう。