深澤 直人
加藤ゼミナール専任講師・弁護士
上智大学法学部 卒業
中央大学法科大学院 修了(首席)
総合200番台で司法試験合格
第77期司法修習修了・弁護士登録
倒産法講座を担当
1. はじめに
今回は、東京地裁令和5年1月26日判決(以下、「本判決」といいます。)のうち、相殺禁止に関する部分を取り上げます。
本判決は、重判掲載裁判例ではないものの、頻出分野である相殺禁止について判示した裁判例です。また、双方未履行双務契約(破産法53条1項)と併せて問われる可能性もありますので、念のため押さえておきましょう。
2. 本判決の解説
(1)事実関係の要約
事実関係を簡略化するために、やや正確性に欠く点があるかもしれませんが、以下要約した事実関係を示します。
1. A社は、Y社から、aビルの一室(以下、「本件貸室」という。)を賃借していた。
当該賃貸借契約においては、以下の定め(以下、「本件中途解約違約金条項」という。)がある。
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記
賃貸人及び賃借人は、本契約締結後賃貸借契約期間満了日まで本契約を解約することができない。ただし、賃借人にやむを得ない事由が生じたと賃貸人が判断した場合に限り、賃借人は本契約残存期間の賃料・共益費相当額を違約金として賃貸人に支払うことにより、本契約を解約することができる。
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また、A社は、Y社との間で、上記賃貸借契約に付随する敷金契約(以下、「本件敷金契約」という。)を締結し、Y社に対し、敷金(以下、「本件敷金」という。)を交付した。
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2. その後、A社は、令和3年10月25日付で東京地方裁判所から破産手続開始決定を受け、Xが破産管財人に選任された。
Xは、令和3年10月26日、破53条1項に基づき、上記賃貸借契約を解除する旨の意思表示を行い、同意思表示は同日中にY社に到達した。
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3. Xは、上記賃貸借契約を破53条1項に基づき解除したことにより上記賃貸借契約が終了し、本件貸室を返還したなどとして、本件敷金契約に基づき、本件敷金から未払賃料等及び賃料相当損害金を控除した残額等の支払を求める訴訟を提起した。
これに対して、Y社は、本件中途解約違約金条項に基づく違約金請求権を自働債権とする相殺をする旨主張した。
(2)争点
本件では、本件中途解約違約金条項の有効性や、本件中途解約違約金条項に基づき違約金請求権が発生するか、本件中途解約違約金条項に基づき違約金請求権が発生しているとして、敷金返還請求権との相殺ができるか等が問題となりました。
このうち、本件中途解約違約金条項に基づき違約金請求権が発生しているとして、敷金返還請求権との相殺ができるかについて見ていきましょう。
この点、Y社は、本件賃貸借契約において合意された違約金請求権と敷金を相殺することができるとの法的保護に値する相殺の合理的期待を有しているから、破産法72条1項1号の直接適用、類推適用はなく相殺ができる旨主張しました。これに対し、Xは、破産法72条1項1号は、破産手続開始後に発生した請求権をもって既存の債務と相殺することを禁止しており、同号は、「他人の」破産債権を取得した場合に限られず、自ら新たに破産債権を取得した場合にも類推適用されるものと解されている。被告が主張する違約金請求権は、破産手続開始後に新たに破産債権を取得したものであるから、破産法72条1項1号の類推適用により、被告が敷金返還請求権と相殺することは禁止される旨主張しました。
要するに、本件中途解約違約金条項に基づく違約金請求権は、「他人」(破産法72条1項1号)の破産債権に当たらないため同項の直接適用はできない(原則論)ものの、同号の類推適用により、当該請求権を自働債権とする相殺は禁止されるのではないか(修正論・例外論)、が問題となりました。
(3)判旨
1.「破産法72条1項1号は、破産者に対して債務を負担する者が破産手続開始後に他人の破産債権を取得したときには、その債権を自働債権として相殺することは認められないことを定めている。このような場合には、破産債権者が相殺に対して正当な期待を有しているとは言えず、相殺を許容することが破産債権者平等の理念に反すると考えられるからである。」(理由付け)
「そして、かかる趣旨からすれば、「他人の」破産債権でなく、破産手続開始後に新たに発生した破産債権を取得する場合も、同号が類推適用されると解すべきである。」(規範)
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2.「本件中途解約違約金条項に基づく違約金請求権は、原告の破産法53条1項に基づく解除によって生じたものであり、破産手続開始前には発生していなかった。そうすると、被告は、破産手続開始後に新たに発生した破産債権を取得したものであり、同法72条1項1号の類推適用により、本件中途解約違約金条項に基づく違約金請求権を自働債権とし、原告の被告に対する敷金返還請求権を受動債権とする相殺を行うことは許されないというべきである。
この点、被告は、被告による相殺は、破産手続開始決定前に当事者の自由な意思に基づき合意した違約金条項に基づいて発生した違約金請求権であることや、違約金請求権と敷金返還請求権を相殺することは法的保護に値する相殺への合理的期待があるとして、破産法72条1項1号は類推適用されないなどと主張する。
しかし、本件中途解約違約金条項に基づく違約金請求権は、破産手続開始前には発生していなかったから、同違約金請求権を、破産手続開始前に被告が請求権を取得していたものと同視することはできない。また、前記のとおり、本件中途解約違約金条項は、賃借人側の事情により本件賃貸借契約が契約期間満了前に終了した場合でも、賃貸人の契約期間満了までの賃料収入を担保する趣旨で規定されたものと解されるが、一定額の収入が得られるとの期待を超えて、敷金返還請求権と相殺ができるとの期待までも保護しているとは言えず、本件でも、被告が保護に値する相殺に対する期待を有していたとは認められない。」
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3.「よって、本件中途解約違約金条項に基づく違約金請求権は、敷金返還債権との相殺が許されない。」
本判決の判旨をイメージで押さえていきましょう。やや不正確かもしれませんが、まずはイメージを押さえることが大事です。正確な理解は上記判旨で覚えてください。
要するに、破産法72条1項1号は、破産債権者が相殺の担保的機能に対する合理的期待を有しないケースを定めた規定である。他人の破産債権でなくても、破産手続開始決定後に発生した破産債権を取得した場合には、相殺の担保的機能に対する合理的期待を有しないことに変わりはない。そこで、このような場合にも、同号の類推適用を認めて、相殺を禁止しよう、このような論理の流れです。
(4)もう一歩先へ
破産法72条1項1号の類推適用の可否が問題になる場面として、①委託保証人の事後求償権を自働債権とする相殺と②無委託保証人の事後求償権を自働債権とする相殺の論点がありましたね(令和4年司法試験第1問でも問われているので、記憶の片隅にはあるものと思います)。
この点、②は破産法72条1項1号の類推適用により、相殺が禁止されるのに対して、①は破産法72条1項1号の類推適用はなく、相殺は禁止されないという扱いがなされています。この結論が異なる理由についても復習をしておいてください。
本判決を踏まえると、①の処理がイレギュラーな処理である、という整理がよいかと思います。
3. おわりに
相殺権は、否認権に次ぐ司法試験の頻出分野です。また、双方未履行双務契約も司法試験頻出分野ですので、問われる可能性が一定程度高い裁判例かと思います。
本記事で判旨のイメージをつけていただければ幸甚です。