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【倒産法】大阪高裁令和5年12月19日判決 未成就停止条件付債務との相殺

2025年12月03日

1. はじめに

今回は、大阪高裁令和5年12月19日判決(以下、「本判決」といいます。)を扱います。

本判決は、後で見る百選64事件(最高裁平成17年1月17日判決)とも関連する裁判例です。本判決が問題となる場面、問題意識及び破産手続との比較を押さえていきましょう。

 

2. 本判決の解説

(1)本判決が問題となる場面

本判決の事実関係を抽象化すると、本判決は、①再生債権者の負担する“債務”が停止条件付である場合に、②再生債権者が、再生手続開始後に条件不成就の利益を放棄して、相殺の意思表示をしたときに問題になります。

(2)問題の所在

いったん再生手続を離れて、破産手続で考えてみましょう。破産手続の場合、このような相殺は可能でしたでしょうか。可能でしたね。根拠条文は破産法の何条でしょうか。破産法67条2項後段ですね。復習はこの程度にします。

では、再生手続においてはどうなんだい?というのが本判決が扱った問題です。民事再生法上、破産法67条2項後段に対応する条文はありますか?なるほど、民事再生法92条1項後段が破産法67条2項に対応する条文ではないか、と思われたかもしれません。しかし、条文の文言を良くご確認ください。破産法67条2項後段は、「破産債権者の普段する債務が…条件付きであるとき…も、同様とする」と定めているのに対して、民事再生法92条1項後段は、「債務が期限付であるときも、同様とする」と定めています。「条件」については、定めていませんね。条件付債務についてはブランクなわけです。これが問題の所在です(厳密にはほかにもありますが、試験上はこれだけ押さえれば結構です)。答案上問題提起をするとしたら、以下のようなものになるかと思います。

本判決は、この“再生債権者の負担する債務が停止条件付である場合に、再生手続開始後に条件不成就の利益を放棄して相殺をすることができるか”という問題を、①再生手続開始時に成就していない停止条件が付いている債務(未成就停止条件付債務)が、「債務」(民事再生法92条1項)に含まれるか、②再生債権者が条件不成就の利益を放棄することにより、債権届出期間内の相殺適状を要件とする民事再生法92条1項の要件を満たすことになるか、という2つの問題に分けて検討しています。

(3)判旨

①(未成就停止条件付債務が「債務」(民事再生法92条1項)に含まれるか)について
 「『債務』に未成就停止条件付債務が含まれるかを検討すると、民事再生法92条は、相殺の担保的機能に対する再生債権者の期待を保護することが、通常、再生債権についての再生債権者間の公平、平等な扱いを基本原則とする再生手続の趣旨に反するものではないことから、原則として、再生手続開始時において再生債務者に対して債務を負担する再生債権者による相殺を認め、再生債権者が再生計画の定めるところによらずに一般の再生債権者に優先して債権の回収を図り得ることとしたものである(最高裁平成26年(受)第865号平成28年7月8日第二小法廷判決・民集70巻6号1611頁参照)。もっとも、再生手続開始後の相殺をなし得る債務の範囲を全く制限しないものとすると、再生債務者が現実の債務の履行を受けるという本来受ける利益を取得する機会を失わせる結果、過大に財産の減少を招き、その再建を妨げるおそれがある。また、いつまでも相殺ができることとするならば、再生債務者の有する積極財産及び消極財産の範囲を明確にすることができず、再生計画案の作成等の手続の進行に支障をきたす。このような事態は、再生計画を定めること等により再生債務者と債権者との間の『民事上の権利関係を適切に調整し、もって当該債務者の事業又は経済生活の再生を図る』ことを目的とする(同法1条)法の趣旨に反することは明らかである。このようなことから、同法92条1項は、債務者に対して『債務を負担する』再生債権者による相殺を原則として認める一方で、相殺によって消滅させることのできる『債務』の範囲や相殺をなし得る期間を上記のとおり制限し、もって再生債権者の相殺の担保的機能への期待と再生債務者の事業の再建との調整を図ったものと解される。
 このような民事再生法92条1項の趣旨に鑑みれば、同項により再生債権者がすることが許される相殺における受働債権に係る債務は、再生手続開始当時少なくとも現実化しているものである必要があり、将来の債務など当該時点で発生が未確定な債務は、特段の定めがない限り、含まれないと解することが相当である。
 この点、停止条件付債務が現実化するのは条件が成就する時であるから、未成就停止条件付債務を負担していても未だ民事再生法92条1項にいう『債務』を負担しているとはいえない。そして、同項は、未成就停止条件付債務と同様、即時の履行を請求することができない再生手続開始時点で期限未到来の期限付債務については、その後段において同項の『債務』に含む旨を明記しているにもかかわらず、条件付債務についてはそのような規定がない。法律行為の付款である条件と期限とでは、法律行為の効力発生を成否未定の事実にかからせるか、到来することが確実な事実にかからせるかの違い(すなわち、将来において効力が発生する蓋然性の程度の相違)があることからすると、上記のような『債務』についての規律が不合理なものということもできない。
 以上からすれば、民事再生法92条1項にいう『債務』には未成就停止条件付債務を含まないと解することが相当といえる。」

②(再生債権者が条件不成就の利益を放棄することにより、債権届出期間内の相殺適状を要件とする民事再生法92条1項の要件を満たすことになるか)について
 「控訴人は、停止条件不成就の利益を放棄して届出期間内に相殺適状とさえなれば民事再生法92条1項の相殺は許される旨を主張する。
 しかしながら、同条項が時期的な制限を含む一定の要件のもとで再生計画の定めによらない相殺を許容していることからすると、上記のような控訴人の解釈は、再生手続開始の時点で現実化している債務(期限付債務は、効力発生を到来確実な事実にかからせるという付款としての性質から民事再生法92条1項の解釈上は現実化していると解される。)に限定して相殺を許容する同条項の趣旨に反するものであって、採用することができない。」

本判決は、①について、要するに、民事再生法92条1項は、相殺権保障の原則を定める一方で、債務の範囲や相殺の時期を制限することで、再生債権者の相殺の担保的機能への期待と再生債務者の事業の再建との調整を図った規定であることを理由に、未成就停止条件付債務は「債務」に含まれないと判断しました。

また、②についても、民事再生法92条1項の上記趣旨から、許されないと判断しています。

ポイントは、民事再生法92条1項の趣旨です。本判決の判旨のような長い理由付けを覚えるのは大変かと思いますので、上記「要するに…」以下の部分を押さえていただけばと思います。

 

3. 百選64事件(最高裁平成17年1月17日判決)

(1)本判決との違い

本判決と似て非なる判例として、百選64事件があります。百選64事件と本判決は、停止条件付債務を受働債権とする相殺を問題視する点は同じですが、①百選64事件は破産手続における判例であるのに対して、本判決は再生手続における裁判例である点および②百選64事件は“停止条件成就を待って”する相殺(注:条件不成就の利益を放棄してする相殺ではないという意味です)の可否について論じた判例であるのに対して、本判決は条件成就の利益を放棄してする相殺の可否について論じた裁判例である点で異なります。

この“場面の違い”を押さえてください。

(2)百選64事件の復習

百選64事件が扱った「破産手続開始後に受働債権の停止条件が成就した場合における相殺の可否」という論点を簡単に解説しておきます。

ア.論点を論じる場面

本論点は、①破産債権者の負担する“債務”が停止条件付である場合に、②当該停止条件が破産手続開始“後”に成就したとして、破産債権者が相殺の意思表示をしたときに問題になります。

本判決と①のところは同じですが、②が異なるので注意してください。

イ.問題提起(及び問題の所在)

問題提起の仕方の一例を以下に示します。

破産債権者の負担する債務が停止条件付である場合に、破産債権者は、破産手続開始後に停止条件が成就したときも相殺をすることができるか。
破産手続開始後に、条件不成就に関する利益を放棄して直ちに相殺することは適法である(破産法67条2項後段)が、停止条件の成就を待って相殺をする場合には「破産手続開始後に破産財団に対して債務を負担した」(破産法71条1項1号)に該当し、相殺が一切禁止される(同条2項参照)とも思えるため、問題となる。

問題の所在について大丈夫でしょうか。

この点、平成28年司法試験・出題趣旨及び採点実感は、要旨、答案上、①破産法67条2項後段と②破産法71条1項1号の2つを明示しながら、問題の所在を示す必要がある旨述べていますので、条文構造と共に押さえましょう。

ウ.百選64事件を参考にした論証例

論証例を以下に示します。

破産法67条2項後段の趣旨は、破産債権者の有する相殺の担保的機能に対する期待を保護する点にある。
このような趣旨から、相殺権の行使に何らの限定も加えられておらず、また、破産手続においては破産債権者による相殺権の行使時期について制限が設けられていないのである。
そこで、破産手続開始後に停止条件が成就したときであっても、特段の事情のない限り、破産法71条1項1号は適用されず、破産債権者は、破産法67条2項後段により相殺をすることができると解すべきである。

論証の理由付けは、①破産法67条2項後段の趣旨+②停止条件付債務を受働債権とする相殺につき限定なし+③“破産手続においては”相殺権行使時期に制限なし、というものです。ポイントは、②と③です。

規範のうち、特段の事情としてどのようなものがあるかについては、お持ちのテキスト等でご確認ください。

 

4. おわりに

今回は、再生手続における相殺権の行使を扱った本判決と、破産手続における相殺権の行使に関する破産法67条2項後段や百選64事件を比較検討しました。

話はずれますが、このように、破産手続と再生手続の比較や、似たテーマを比較検討する学習方法は、知識を深く定着させるのに非常に有効です。一つひとつの知識を単発で覚えるのではなく、異なる場面でどのように取り扱いが変わるのかを意識してみてください。

 

執筆者

深澤 直人

加藤ゼミナール専任講師・弁護士

上智大学法学部 卒業
中央大学法科大学院 修了(首席)
総合200番台で司法試験合格
第77期司法修習修了・弁護士登録
倒産法講座を担当