弁護士加藤 喬
加藤ゼミナール代表
病院開設中止勧告の処分性を認めた平成17年判決(最二小判平成17年7月15日)は、土地区画整理事業計画決定の処分性を認めた平成20年判決(最大判平成20年9月10日)と並んで、処分性に関する超重要判例に位置付けられ、司法試験でも予備試験でも頻出です。
それだけに、平成17年判決の判例理論については、平成20年判決との違いも含めて、深く正確に理解しておく必要があります。
平成17年判決は、医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止勧告について、通達により勧告不服従が健康保険法43条の3第2項の規定する保険医療機関の指定の拒否事由に該当すると定められていた事案において、病院開設中止勧告の法的効果の有無に言及することなく、実効的な権利救済のために処分性を認めています。
” 上記の医療法及び健康保険法の規定の内容やその運用の実情に照らすと、医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は、医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められているけれども、当該勧告を受けた者に対し、これに従わない場合には、相当程度の確実さをもって、病院を開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものということができる。そして、いわゆる国民皆保険制度が採用されている我が国においては、健康保険、国民健康保険等を利用しないで病院で受診する者はほとんどなく、保険医療機関の指定を受けずに診療行為を行う病院がほとんど存在しないことは公知の事実であるから、保険医療機関の指定を受けることができない場合には、実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになる。このような医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告の保険医療機関の指定に及ぼす効果及び病院経営における保険医療機関の指定の持つ意義を併せ考えると、この勧告は、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると解するのが相当である。後に保険医療機関の指定拒否処分の効力を抗告訴訟によって争うことができるとしても、そのことは上記の結論を左右するものではない。
したがって、本件勧告は、行政事件訴訟法3条2項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるというべきである。”(最二小判平成17年7月15日)
平成17年判決は、「上記の医療法及び健康保険法の規定の内容やその運用の実情に照らすと、医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告は、医療法上は当該勧告を受けた者が任意にこれに従うことを期待してされる行政指導として定められている」と判示しています。ここでは、法的効果が認められないと明示的に述べられているわけではありませんが、少なくとも、病院開設中止勧告自体の効果として法的効果が認められないことの根拠となる判示であると考えられます。
続いて、「当該勧告を受けた者に対し、これに従わない場合には、相当程度の確実さをもって、病院を開設しても保険医療機関の指定を受けることができなくなるという結果をもたらすものということができる。そして、…保険医療機関の指定を受けることができない場合には、実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになる。このような医療法30条の7の規定に基づく病院開設中止の勧告の保険医療機関の指定に及ぼす効果及び病院経営における保険医療機関の指定の持つ意義を併せ考えると、この勧告は、行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たると解するのが相当である。」と判示して、後続行政過程との連動性を根拠にして、法的効果の有無に明示的に言及しないまま、病院開設中止勧告の処分性を認めています。
後続行政過程との連動性に着目して処分性を認めた判例としては、平成20年判決もあり、同判決は、土地区画整理事業計画決定(土地区画整理法52条)について、法的効果が認められることには争いはないが、その直接性・具体性の有無には争いがあるという事案において、計画決定それ自体の効果である施行地区内の建築制限(同法76条)は一般的・抽象的な法的効果にすぎないという理解に立つ一方で、「いったんその決定がされると、特段の事情のない限り、その事業計画に定められたところに従って具体的な事業がそのまま進められ、その後の手続として、施行地区内の宅地について換地処分が当然に行われることになる。…そうすると、施行地区内の宅地所有者等は、事業計画の決定がされることによって、…土地区画整理事業の手続に従って換地処分を受けるべき地位に立たされるものということができ、その意味で、その法的地位に直接的な影響が生ずるものというべきであり、事業計画の決定に伴う法的効果が一般的、抽象的なものにすぎないということはできない。」として、法的効果の直接・具体性を認めています。
ここでは、先行行為がなされた場合には特段の事情のない限り直接・具体的な権利侵害を伴う後続行為に至るという強い連動性を根拠にして、前倒し的な法効果の読み込みにより、後続行為を受けるべき地位に立たされるという意味で法的地位に対する直接・具体的な影響が生じるとして、法的効果の直接・具体性が認められていると理解されています。
” 前掲最大判2008・9・10は土地区画整理事業計画決定の法効果として「換地処分を受けるべき地位」を挙げる。後続行政過程において発生する事態が、先行行政作用の法効果として「前倒し」的に読み込まれている。”(「行政判例百選Ⅱ」第8版[有斐閣]154 角松生史解説)
平成20年判決をそのように理解するのであれば、同じく後続行政過程との連動性を根拠として処分性を認めた平成17年判決についても、前倒し的な法効果の読み込みにより病院開設中止勧告の処分性を認めたものであると理解することもできそうです。
もっとも、平成17年判決については、①平成20年判決と同様に、前倒し的な法効果の読み込みにより、法的効果、さらにはその直接性・具体性まで認めることで、あくまでも昭和39年判決(最小一判昭和39年10月29日)の定式を前提として処分性を認めたとする理解と、②平成20年判決とは異なり、前倒し的な法効果の読み込みを認めたのではなく、法的効果の有無にかかわらず、実効的な権利救済を根拠にして処分性を認めたとする理解が対立しています。
中原茂樹「基本行政法」第4版(日本評論社)289~290頁、中原茂樹「基本行政法 判例演習」初版(日本評論社)169頁は、①の理解に立っています。
” しかし、本判決の後に出された最大判平成20年9月20日…は、実効的な権利救済という観点も考慮しつつ、私人への法的地位への直接的な影響を詳細に論じて、事業計画決定の処分性を認めていること…からすると、私人の法的地位への直接的な影響を処分性認定の要件とする最高裁の考え方は、基本的には維持されており…上掲平成17年判決も、実質的には指定拒否を勧告不服従の法的効果と認めたものと解すべきである。”(中原茂樹「基本行政法」第4版(日本評論社)289~290頁)
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..“ しかし、他の判例(本判決の後に出された最大判平成20年9月10日…)との整合性を考えると、実効的な権利救済のために必要であれば法的効果がなくても処分性を認める方向に最高裁が舵を切ったとは考えにくい…。したがって、本判決から処分性の論じ方を学ぶ読者としては、処分性を認める際に当該行政活動の法的効果(私人の法的地位への直接的な影響)を明確に論じるという基本姿勢を崩すべきではなく、本判決も実質的には指定拒否を勧告不服従の法的効果と認めたものと解すべきであると思われる。”(中原茂樹「基本行政法 判例演習」初版(日本評論社)169頁)
しかし、令和5年司法試験の採点実感は、平成17年判決の意義を正確に論述することができていない答案の例として、「同判決が勧告の「法的効果」を認めたものと誤解する答案(昭和39年判決等の一般的な基準と平成17年判決の関係を整理していないことに基づくものと思われる。)」を挙げており、①の理解を否定しています。
元考査委員である角松生史教授も、「行政判例百選Ⅱ」第8版[有斐閣]154の解説において、②の理解を支持しています。同解説では、平成20年判決と平成17年判決の違いについて、病院開設中止勧告については「特段の事情のない限り」保険医療機関指定が拒否されて病院開設の断念という事態に至るとまではいえず、そのような事態に至る確実性は「特段の事情のない限り」よりも緩やかな「相当程度の確実さ」にとどまるため、前倒し的な法効果の読み込みを認めることができなかった、という趣旨の解説をしています。
” 本判決は、勧告不服従に対する指定拒否を「許容」はしても…そうすべく「拘束」されているという解釈はとらない。…そこで専ら運用の実態に依拠し、最終性・必然性を緩和して、指定拒否の「相当程度の確実さ」が語られたのではないか…。後行行政処分による不利益が深刻であり、その段階での実効的な権利救済の困難さから、先行行政作用の段階で救済の対象とするというのが本判決の趣旨であろう。”(「行政判例百選Ⅱ」第8版[有斐閣]154 角松生史解説)
司法試験委員会が②の理解に立っている以上、司法試験・予備試験対策としては、当然、②の理解を採用することになります。
令和7年司法試験の採点実感では、「平成17年判決について、…後に保険医療機関の指定拒否処分を争うことによっては…実効的な権利救済を受けられないと判示したと論述する答案など、同判決の理解が不正確と思われる答案が多くみられた。」との指摘があります。
” 平成17年判決について、「保険医療機関の指定」という言葉が出てこない答案(例えば、単に「後続処分」としたり、「指定」を「認定」としたりしている答案)、相当程度の確実さをもって指定を受けられないとすべきところを、相当程度の確実さをもって病院開設を…断念させられるとしている答案、後に保険医療機関の指定拒否処分を争うことによっては…実効的な権利救済を受けられないと判示したと論述する答案など、同判決の理解が不正確と思われる答案が多くみられた。重要判例については、日常の学習においても正確な理解を心掛けてほしい。重要判例については、日常の学習においても正確な理解を心掛けてほしい。”(令和7年司法試験の採点実感)
この採点実感の理解の仕方には、注意する必要があります。
確かに、平成17年判決は、後に取消訴訟等で保険医療機関の指定拒否処分を争うことによっては実効的な権利救済を受けられないとは判示しておらず、「後に保険医療機関の指定拒否処分の効力を抗告訴訟によって争うことができるとしても、そのことは上記の結論を左右するものではない。」と判示しています。
しかし、だからといって、平成17年判決が、後に取消訴訟等で保険医療機関の指定拒否処分を争うことによっても実効的な権利救済を受けられないという考えを採用していないという帰結が当然に導かれるわけでもありません。
仮に、後に取消訴訟等により保険医療機関の指定拒否処分を争うことによっても実効的な権利救済を受けることができるのであれば、平成17年判決は、法的効果の有無に言及することなく処分性を認めるなどということはしていないはずです。
省令上、保険医療機関の指定に際しては、申請前に施設・人員を確保しなければならない仕組みがとられているため、仮に保険医療機関の指定の段階で初めて取消訴訟で争うことができるとすると、病院開設者は莫大な投資リスクを負担した上で保険医療機関指定の申請をしなければならないことになり、これでは、勧告に不服のある病院開設者が事実上病院開設を断念せざるを得なくなります。この意味において、後に取消訴訟等により保険医療機関の指定拒否処分を争うことによっても実効的な権利救済を受けることができるとはいえないはずです。
” (ア)地域医療計画策定(開設許可申請)→(イ)勧告→(不服従)→(ウ)開設許可→(病院建設等)→(保険医療機関指定申請)→(エ)指定拒否という経緯…のどの段階において裁判的救済が認められるべきであろうか。…上記のように、保険医療機関指定に際しては、申請前に施設・人員を確保しなければならない仕組みが省令上とられているため、(エ)で初めて争えるようにすると、病院開設者としては莫大な投資リスクを負うことになり、事実上解説を断念せざるを得ない…。担当裁判官の回顧…や、調査官解説…でもこの点は強調されているが、判決では言及がなく、その位置づけが微妙である。”(「行政判例百選Ⅱ」第8版[有斐閣]154 角松生史解説)
上掲の角松生史教授の解説においても、「担当裁判官の回顧…や、調査官解説…でもこの点は強調されているが、判決では言及がなく、その位置づけが微妙である。」とあることからしても、平成17年判決については、「後に取消訴訟等により保険医療機関の指定拒否処分を争うことによっても実効的な権利救済を受けることができないことを前提としているが、その旨を判示したわけではない」と理解するべきであると考えます。
前掲した令和7年司法試験の採点実感は、あまり気にしないようにしましょう。判例学習において、理解の正確性を過度に意識すると、答案で使える判例知識を身に付けられなくなる危険があります。
平成17年判決については、
①病院開設中止勧告は行政指導であり、それ自体には法的効果は認められない
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②先行行為と後続行政作用との間に「特段の事情のない限り」という強い連動性までは認められないから、平成20年判決のように前倒し的な法効果の読み込みにより法的効果を認めることはできない
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③勧告不服従の場合は相当程度の確実さをもって保険医療機関の指定を受けることができず、国民皆保険制度のもとでは病院開設を事実上断念せざるを得ないという深刻な不利益が生じる
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④③のを理由に、法的効果の有無にかかわらず、実効的な権利救済の観点から、病院開設中止勧告の処分性を認めた
というレベルのことを答案に反映することができれば、十分合格答案です。
これは行政法の判例学習に限ったことではありません。
出題趣旨・採点実感には、趣旨不明瞭なことや非常に難しいことが書かれることがありますが、こうした記述に引きずられると、勉強の方向性を誤ったり、答案で使える知識が身に付かなくなる危険があります。
時には、出題趣旨・採点実感から適度な距離を置くことも必要なのです。