弁護士加藤 喬
加藤ゼミナール代表
山形県酒田警察署は、A男から「もうとっくに限界は来ている。この状態が続くならB女を殺すかもしれない」などと相談を受け、A男の言葉と切迫した様子から、B女の身に現実的な危険が及ぶ可能性があると判断し、B女の身の安全を守るために、B女性と連絡を取り、A男の発言内容を伝え、脅迫罪(刑法222条1項)の成立要件を満たしたとしてA男を同罪で逮捕しました。
これでA男に脅迫罪が成立するのか?と疑問に感じる人が多数派だと思います。以下では、脅迫罪の成否について、説明いたします。
脅迫罪は、「生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した」ことにより成立する犯罪であり、告知された害悪が相手方に到達して認識されたことは必要ですが、それによって実際に相手方が畏怖したことまでは不要であり(抽象的危険犯)、また、害悪の告知は第三者を介する方法でも構いません(高橋則夫「刑法 各論」第5版95頁、99~100頁)。
第222条(脅迫)
1 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金に処する。
2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。
A男の脅迫罪の成否については、以下の4つの理論構成が考えられます。
1つ目は、脅迫罪の直接正犯です。
A男は自ら直接にB女に害悪を告知しているわけではありませんから、自ら直接に脅迫罪の実行行為を行った者と評価することはできません。
したがって、脅迫罪の直接正犯ではありません。
2つ目は、脅迫罪の間接正犯です。
A男は警察に相談しただけであり、警察官を一方的に支配・利用してB女に害悪を告知させたわけではありません。
したがって、脅迫罪の間接正犯でもありません。
3つ目は、脅迫罪の共同正犯です。
第60条(共同正犯)
二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。
共同正犯の成立には、共謀(犯罪共同遂行の合意)及び共謀に基づく実行行為が必要であるところ、以下の理由から、脅迫罪に関する共謀の成立が認められません。
A男は、警察を利用してB女に害悪を告知するつもりで警察に相談しているわけではありませんし、警察官においても、少なくとも相談を受けた時点では、A男の言っていることをB女に伝えるつもりはなかったと思われます。このため、A男と警察官との間で、「A男がB女を殺すかもと言っている」旨をB女に伝えて脅迫することについて共謀が成立したというには無理があります。このような意思連絡が、黙示的に行われたともいえないわけです。
したがって、脅迫罪の共同正犯も成立しません。
4つ目は、脅迫罪の教唆犯です。
第61条(教唆)
1 人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する。
2 教唆者を教唆した者についても、前項と同様とする。
確かに、警察官が、A男から相談を受けたことにより、B女の身の安全を守るためにA男の相談内容をB女に伝える必要があると決意するに至り、A男の相談内容をB女に伝えているため、A男が「人を教唆して犯罪を実行させた」として、脅迫罪の教唆犯の客観的構成要件に該当すると評価する余地はあります。
しかし、A男は、相談を受けた警察官が相談内容をB女に伝えることについて、未必的に認識し、消極的に認容していたとすらいえないので、教唆犯の故意(刑法38条1項本文)を欠きます。
したがって、脅迫罪の教唆犯も成立しません。
以上の通り、A男に脅迫罪が成立すると判断することには無理があります。
しかも、仮に「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある」(刑事訴訟法199条1項)といえたとしても、A男が警察に相談していることからして、罪証隠滅や逃亡のおそれがあるとはいえず、逮捕の必要性を欠きます。
本件では、警察が、A男の犯行を未然に防止する目的で、犯罪の成否や逮捕の必要性を慎重に検討することなくA男を逮捕したのだと評価せざるを得ません。