弁護士加藤 喬
加藤ゼミナール代表
改正前の警備業法14条、3条1号の規定は、被保佐人であることを警備員の欠格事由の一つとして定めていた(以下、上記規定のうち被保佐人であることを警備員の欠格事由として定めた部分を「本件規定」という。)ところ、令和元年6月に成年被後見人等の権利の制限に係る措置の適正化等を図るための関係法律の整備に関する法律(以下「一括整備法」という。)が成立したことに伴い、本件規定を含む本件規定を含む成年被後見人等に係る欠格条項は、その大半が削除され、その余も同年中に成立した改正法により削除されました。
(改正前の警備業法)
第3条(警備業の要件)
第三条 次の各号のいずれかに該当する者は、警備業を営んではならない。
一 成年被後見人若しくは被保佐人又は破産者で復権を得ないもの
二 ~ 十一 (略)
第14条 (警備員の制限)
1 18歳未満の者又は第3条第1号から第7号までのいずれかに該当する者は、警備員となってはならない。
2 警備業者は、前項に規定する者を警備業務に従事させてはならない。
Xは、軽度の知的障害を有し、警備業を営むY社との間の雇用契約に基づき、警備員として交通誘導に係る警備業務に従事していたが、平成29年3月、Xについての保佐開始の審判が確定したことに伴い、警備業法上の警備員の欠格事由の発生を解除条件としていた上記雇用契約は終了し、Xは、Y社を退職しました(以下、この退職の時点を「本件退職時点」という。)。
Xは、①本件規定は憲法22条1項及び14条1項に違反し、②国会が本件退職時点までに本件規定を改廃する立法措置をとらなかったこと(以下「本件立法不作為」という。)は違法であるなどと主張して、国に対し、国家賠償法1条1項に基づき慰謝料の支払を求める訴訟を提起しました。
最大判令和8年2月18日は、①について、「以上のような本件規定の内容、性質に照らすと、本件規定の憲法22条1項適合性の判断と憲法14条1項適合性の判断は、相互に密接に関連し、検討に当たって考慮すべき事項が共通するものであるということができるのであって、上記の各条項との関係で本件規定の合憲性を肯定し得るためには、本件規定による規制が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するものと解するのが相当である。」と述べて憲法22条1項適合性と憲法14条1項適合性を同じ枠組みでまとめて判断し、「本件退職時点において、本件規定は、憲法22条1項及び14条1項に違反するに至っていたというべきである。」と結論付けています。
他方で、②については、「以上によれば、本件退職時点において、本件規定が憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠ったということはできない。したがって、本件立法不作為は、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないというべきである。」と述べて、否定しています。
本判決は、憲法22条1項適合性及び立法不作為の国家賠償法上の違法に関する判断枠組みの理解を深める上で、非常に重要です。以下では、多数意見のほか、裁判官林道晴の補足意見と裁判官岡正晶の補足意見も取り上げます。
(多数意見)
第1 事案の概要
…(略)…
第2 本件規定の憲法適合性について
1 原審は、本件退職時点において、本件規定は、憲法22条1項及び14条1項のいずれにも違反していた旨判断した。
所論は、本件退職時点において、本件規定は憲法22条1項及び14条1項のいずれにも違反するものではなかったとして、原審の上記判断には憲法22条1項及び14条1項の解釈適用の誤りがある旨をいうものである。
2⑴ 本件規定は、被保佐人であることを警備員の欠格事由として定めており、被保佐人である者の職業選択の自由を制約するとともに、警備員となる資格について、被保佐人である者と被保佐人でない者とを区別するものである。
⑵ 憲法22条1項は、狭義における職業選択の自由のみならず、職業活動の自由も保障しているところ、こうした職業の自由に対する規制措置は事情に応じて各種各様の形をとるため、その同項適合性を一律に論ずることはできず、その適合性は、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量した上で慎重に決定されなければならない。この場合、上記のような検討と考量をするのは、第一次的には立法府の権限と責務であり、裁判所としては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及び必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまる限り、立法政策上の問題としてこれを尊重すべきものであるところ、その合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭があり得るのであって、裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべきものである(以上につき、最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)。
また、憲法14条1項は、法の下の平等を定めており、この規定が、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱いを禁止する趣旨のものであると解すべきことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁、最高裁昭和45年(あ)第1310号同48年4月4日大法廷判決・刑集27巻3号265頁等)。
⑶ 本件規定は、警備員の欠格事由を定め、およそ被保佐人が警備員となってはならないこととするものであるから、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制ではなく、狭義における職業選択の自由そのものに制約を課すものであって、職業の自由に対する強力な制限となるものである。その上、本件規定は、被保佐人を対象とするものであるところ、保佐開始の審判は、精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者についてされるものであるから(民法11条)、本件規定は、被保佐人が精神上の障害を有することを理由として上記の制限をするものということができる。このように、本件規定は、障害者である被保佐人を被保佐人でない者と区別して一律に規制の対象とし、精神上の障害を理由として狭義における職業選択の自由そのものを制約するものである。
以上のような本件規定の内容、性質に照らすと、本件規定の憲法22条1項適合性の判断と憲法14条1項適合性の判断は、相互に密接に関連し、検討に当たって考慮すべき事項が共通するものであるということができるのであって、上記の各条項との関係で本件規定の合憲性を肯定し得るためには、本件規定による規制が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するものと解するのが相当である。
⑷ 本件前身規定及び本件規定の制定の経緯や内容に照らせば、本件規定の目的は、警備業務が他人の生命、身体、財産等の安全を守ることを内容とする業務であることに鑑み、警備業務の実施の適正を図るとともに、依頼者及び第三者から警備員としての信頼を確保し得る者が警備業務に従事することを担保することにあるということができる。このような立法目的自体は、重要な公共の利益に合致するものである。
この目的のために本件規定のような規制措置を設ける必要があるかどうかや、具体的にどのような規制措置が適切妥当であるかを立法府が判断するに当たっては、警備業務の実態や警備業者の業務態勢、保佐を含む成年後見制度の運用の在り方、同制度が対象とする精神上の障害を有する者を取り巻く状況等の諸事情を踏まえ、警備業務に要求される能力、保佐開始の審判がされる者の能力及び立法目的を達成し得る代替措置の有無等について評価を行う必要があり、こうした評価は一義的に定まるものではないから、上記の立法府の判断には一定の裁量が認められるが、他方で、本件規定が精神上の障害を有することを理由として被保佐人を被保佐人でない者と区別して一律に規制の対象とするとともに、被保佐人の狭義の職業選択の自由を制約するものであることを踏まえると、立法府に広い裁量が認められるものではないというべきである。そして、立法府の上記判断がその合理的裁量の範囲を逸脱したと認められる場合には、本件規定は、憲法22条1項及び14条1項に違反することとなる。
3⑴ 前記事実関係等によれば、警備先における警備員による窃盗や暴行等の事案が発生していたことを受けて昭和47年に警備業法が制定され、その後、警備業の活動領域の拡大に伴い、警備業者による法令違反や警備員の非行等の問題が多発したことを受けて、警備業務の実施の適正を図るなどの目的のために昭和57年改正が行われたものである。本件前身規定は、上記目的のために、準禁治産宣告を受けた者の判断能力に着目して警備員について欠格事由を定めたものと解される。
警備業務は、警備員の有形又は無形の影響力によって他人の生命、身体、財産等を守ることを内容とする業務であり、その性質上、他人の権利や自由を侵害しかねず、不適切な警備業務の実施によって国民生活に大きな不安と混乱を与えるおそれがあるという側面を有している。そのため、警備員には、警備業務の実施に伴って発生する様々な事象に対し、適法、妥当かつ臨機応変に対応することが求められ、これに必要な認知、判断及び意思疎通を適切に行う能力が要求される。
これに対し、昭和57年改正の当時、準禁治産宣告の対象とされていた心神耗弱者(平成11年民法改正前の民法11条)は、一般に、精神障害の程度が心神喪失のように完全に意思能力を失うまでには至らず、不完全ながら判断能力を有する者をいうと解されていたものである。準禁治産の制度は、精神能力の不完全な者の財産を保護するための制度であることからすると、準禁治産宣告において審査される判断能力は、上記のような警備業務を適正に実施するに当たって必要な能力と完全に一致するものではないものの、準禁治産宣告を受けた心神耗弱者については、精神障害による判断能力の低下が公的機関である家庭裁判所によって確認されているのであるから、当時の知見の下では、警備業務の適正な実施を期待することができないとみることには相応の合理性があったということができる。しかも、家庭裁判所は、準禁治産宣告をするには、本人の心神の状況について、必ず、医師その他適当な者に鑑定をさせなければならないものとされていたのであるから(平成12年最高裁判所規則第1号による改正前の家事審判規則24条、30条)、準禁治産宣告は、精神医学上の検査や診断に基づく、専門的で信頼性の高い判断であったというべきである。
他方で、警備業者については、中小零細の企業が圧倒的多数を占めており、上記のように警備業者による法令違反等の問題が多発していた状況の下では、警備員の資質につき警備業者による自発的な維持管理を期待することは困難であったということができる。
そうすると、昭和57年改正の当時、本件前身規定について、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であるとした立法府の判断が、その合理的裁量の範囲を逸脱するものであったということはできない。
⑵ その後、平成11年民法改正により新たに成年後見制度が導入され、これに伴って本件前身規定は本件規定に改められることになった。また、平成14年改正により7号規定が設けられた。
7号規定は、規則3条1項の規定を併せて考えると、精神機能の障害により判断能力が低下した者を対象とする規定であるということはできるものの、保佐開始の審判のように公的機関による判断がされるものではなく、判断の基礎となる資料の収集、分析、評価を含め、警備業者の自発的判断に委ねられているものであるため、本件規定がなくともその立法目的を達成するのに十分なものであるかどうかを直ちに見極めることは困難であったというべきである。
そうすると、平成14年改正の当時においても、本件規定が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることについての立法府の判断が、その合理的裁量の範囲を逸脱するものであったということはできない。
⑶ しかしながら、その後、本件退職時点に至るまでに、本件規定を取り巻く諸事情は、変化したというべきである。
すなわち、成年後見制度の導入やその後の利用促進の動きの中で、保佐を含む成年後見制度は、主として財産の処分等に関する判断能力に着目したものとして理解されるようになり、成年被後見人等に係る欠格条項については、成年後見制度の利用を阻害するものとして、その見直しが求められることとなった。また、平成22年には、成年後見制度の運用上の改善策に関する研究報告において、成年後見等が開始したとしても、その余の能力が直ちに欠如しているとはいえないなどと評価されるようになった。
そして、平成23年から平成25年にかけて障害者権利条約の批准に向けた国内法の整備が進められ平成26年には同批准がされ、その後、平成28年には障害者差別解消法等が施行されるに至った。障害者権利条約の批准に伴い整備された国内法は、障害者の定義を新たなものとした上で、障害者が人権を保障され、尊厳を尊重されるべき旨を明示するなどしており、社会における障害の捉え方の変化等を受けて、福祉や保護を中心とした障害者施策を法的な権利の保障を中心とするものへと転換していく流れを反映させたものであったということができる。これら障害者権利条約の批准やこれに伴う国内法の整備等の一連の動きとあいまって、徐々に障害者を取り巻く社会や国民の意識の変化が進み、障害者の権利の保障の在り方が大きく変容することとなった。障害者の労働、雇用との関係でも、障害者差別解消法等の成立から施行までに約3年の準備期間が設けられ、その施行に向けた準備の過程で障害を理由とする差別の禁止等に関する考え方が行政機関等や事業者に周知されるなどしたことにより、労働者について障害を理由とする差別が禁止されるべきであるとする考え方が確立するに至ったというべきである。また、平成28年に制定された利用促進法においても、障害者権利条約や、その批准に伴い整備された国内法の理念が反映され、成年後見制度の利用の促進に当たって、成年被後見人等が基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられるべきこと等が定められるに至っている。
その一方で、平成14年改正により設けられた7号規定は、上記のとおり、本件規定の立法目的を達成するのに十分なものであるかどうかを直ちに見極めることは困難なものであったが、その後、特にその実効性を疑問視させるような事象をうかがうことはできないし、警察庁が平成30年に行った政策評価においては、7号規定が既に設けられているため、本件規定を削除することによる特段の影響は想定されない旨の評価がされているところである。
⑷ 以上を総合すると、遅くとも本件退職時点までには、被保佐人のうち警備業務を適正に実施するに当たって必要な能力を備えた者が本件規定により一律に警備業務から排除されることによる不利益は、もはや看過し難いものとなっており、本件規定が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることについての立法府の判断は、その合理的裁量の範囲を逸脱するに至っていたというべきである。
4 したがって、本件退職時点において、本件規定は、憲法22条1項及び14条1項に違反するに至っていたというべきである。
以上によれば、所論の点に関する原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
第3 本件立法不作為の国家賠償法上の違法性の有無について
1 原審は、本件立法不作為は、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受ける旨判断して、被上告人の請求を一部認容した。
2 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
⑴ 国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個々の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであるところ、国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したかどうかの問題であり、立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきものである。そして、上記行動についての評価は原則として国民の政治的判断に委ねられるべき事柄であって、仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反するものであるとしても、そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに同項の適用上違法の評価を受けるものではない。もっとも、法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては、国会議員の立法過程における行動が上記職務上の法的義務に違反したものとして、例外的に、その立法不作為は、同項の規定の適用上違法の評価を受けることがあるというべきである(以上につき、最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁、最高裁平成13年(行ツ)第82号、第83号、同年(行ヒ)第76号、第77号同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁、最高裁平成25年(オ)第1079号同27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2427頁参照)。
⑵ そこで、本件立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるか否かについて検討する。
ア 前記のように、昭和57年改正の当時、本件前身規定は、憲法22条1項及び14条1項のいずれにも違反するものではなかったが、その後、社会における障害の捉え方の変化等の流れを反映して障害者権利条約の批准やこれに伴う国内法の整備、その施行に向けた準備等の様々な事象が積み重なり、徐々に障害者を取り巻く社会や国民の意識の変化が進み、労働者について障害を理由とする差別が禁止されるべきであるとする考え方が確立したこと等により、本件退職時点において、本件規定は、違憲となるに至っていたものである。こうした変化等は、その性質上、外形的事実として観察することができるものではなく、容易に看取し得るものではない。また、障害者権利条約の批准に伴う国内法整備のうち最終段階に当たる障害者差別解消法等の施行、更には利用促進法の施行が平成28年のことであったことからみても、上記のような考え方が確立したのは、本件退職時点とは相当に近接した時期であったことがうかがわれる。
イ 本件退職時点までに、成年被後見人等に係る欠格条項の見直しの必要性自体は指摘されていたものの、その指摘は、主として成年後見制度の利用を阻害する要因の除去ないし利用の促進の観点によるものであって、成年被後見人等に係る欠格条項に憲法上の問題があることを理由とするものではなかった。
また、本件規定の憲法適合性は、本来、警備業務の実施の適正を図るなどの立法目的や、被保佐人であることを警備員の欠格事由とする規制措置の具体的内容に即して検討することを要するものであるところ、本件前身規定が設けられてから本件退職時点に至るまでに、本件規定や本件前身規定の憲法適合性について論じた学説が発表されていたことはうかがわれず、裁判所においてこの点について判断がされたこともなかった。そもそも、その余の成年被後見人等に係る欠格条項についても、本件退職時点までに、憲法上の問題があるとした学説はほとんど存在せず、平成25年東京地裁判決において、成年被後見人が公職の選挙権を有しないとする規定が憲法15条1項等に違反する旨の判断が示されていたものの、同規定と立法目的を異にする職業に関する成年被後見人等に係る欠格条項については、裁判所において違憲である旨の判断がされたことはなかった。
ウ さらに、平成28年5月に利用促進法が施行された後、成年被後見人等に係る欠格条項の見直しに向けた検討が継続され、170余の法律に設けられた成年被後見人等に係る欠格条項の全てについて統一的な見直しの方針が策定された上で、一括整備法等により、令和元年中にいずれも削除されるに至っている。その見直しを行うに当たっては、欠格条項を設けている各種制度の間の整合性にも配慮しながら検討を進める必要があり、このような検討には相応の期間を要するものであったというべきである。そして、上記のとおり、成年被後見人等に係る欠格条項が設けられた法律が多数ある中で、上記整合性について検討を行うことのないまま、本件規定についてのみ先行して見直しを行うことを要するような事情が存在したことはうかがわれない。
⑶ 以上によれば、本件退職時点において、本件規定が憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠ったということはできない。したがって、本件立法不作為は、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないというべきである。
3 以上と異なる原審の上記判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。
第4 結論
以上に説示したところによれば、本件立法不作為の違法を理由とする慰謝料請求は理由がない。
また、Xは、上記慰謝料請求と選択的に、国会が昭和57年改正により本件前身規定を設けた立法行為の違法を理由とする慰謝料請求をしているところ、以上に説示したところによれば、上記慰謝料請求も理由がない。
したがって、第1審判決中Y敗訴部分を取り消した上で、同部分に関するXの請求をいずれも棄却し、かつ、前記破棄部分に係るXの附帯控訴を棄却すべきである。
よって、裁判官三浦守、同尾島明、同宮川美津子、同高須順一、同沖野眞已の各反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官林道晴、同岡正晶、同石兼公博の各補足意見、裁判官安浪亮介の意見がある。
(裁判官林道晴の補足意見)
私は、多数意見に賛同するものであるが、その憲法適合性判断の趣旨等について補足して意見を述べることとする。
1 被保佐人であることを警備員の欠格事由として定める本件規定は、職業活動の内容・態様に対する規制にとどまらず、狭義における職業選択の自由そのものに規制を課す強力な制限となっており、しかも、制限の理由が被保佐人の精神上の障害であることから、憲法22条1項の適合性が問題となるものである。一方で、本件規定は、障害者である被保佐人を被保佐人でない者と区別して規制の対象としていることから、憲法14条1項適合性も問題となる。そして、この憲法22条1項適合性と憲法14条1項適合性の判断は、相互に密接に関連し、検討に当たって考慮すべき事項が共通するものであることから、憲法の各条項ごとに適合性を判断すること(もちろん、それも可能であるが、)よりも、両方の条項の趣旨を総合した形で検討することが、より事柄の性質に合った判断が可能となると考えられる。
多数意見は、精神上の障害を理由とする狭義の職業選択の自由に対する規制であることを重視して、これまで許可制等の憲法22条1項適合性の審査に用いられてきた比較的厳格な基準をとることとして、本件規定による規制が重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを、実体的な審査基準とした。そして、本件規定の立法目的については重要な公共の利益に合致するとした上で、この立法目的を達成するためにどのような規制措置を設けるか(その規制措置は、必要かつ合理的な措置でなければならない。)については、立法府の判断に一定の裁量が認められるが、本件規定が精神上の障害を理由として被保佐人を被保佐人でない者と区別し、狭義の職業選択の自由を制約するものであることから、その裁量は狭いものとなるとして、ここでも厳格な審査をすることとしている。
憲法14条1項適合性判断に当たっては、区別をすることの立法目的の合理性ないし正当性と区別の具体的内容が立法目的に合理的に関連するものであることが問題にされることが多い。本件規定の立法目的が上記のとおり重要な公共の利益に合致するというのであれば、憲法14条1項適合性判断においても立法目的の合理性ないし正当性が認められるのはいうまでもない。その区別の具体的内容は、上記の規制措置と同一であるので、憲法22条1項適合性で問題としている、立法府の採用した規制措置が必要かつ合理的であるとの裁量判断が合理的な範囲を逸脱したものとなる場合には、憲法14条1項適合性判断においても立法目的との合理的な関連性を欠くことになることは明らかである。
以上のとおり、本件規定の合憲性判断において、憲法14条1項適合性の観点からアプローチしたとしても、多数意見が説示した事情と共通する事項を考慮し検討した上で、大枠において同様な審査をした上で同じ結論に至ることになる。多数意見のとおり憲法22条1項適合性を重視したアプローチをとるか、憲法14条1項適合性を重視したアプローチをとるかは、理論的にはいずれもあり得ると考えるが、問題となっている事柄の本質により近いものを採用した方が関係者の理解を得られやすいものになろう。
2 多数意見では、本件規定に係る立法府の判断が合理的裁量の範囲を逸脱するに至ったという判断において、障害者権利条約の署名(平成19年9月)から批准(平成26年1月)に至る経過を重要な事情として挙げている。そして、障害者権利条約やその批准に向けてされた国内法の制定・改正を通じて、障害者の人権が保障されその尊厳が尊重されるべきとされたことなどから、社会における障害の捉え方が変化したことを指摘している。具体的には、いわば障害者を保護の「客体」とし、福祉や保護を中心としたものであった障害者施策から、むしろ障害者を権利行使の「主体」とし、その法的な権利の保障を充実させる障害者施策を中心としたものへ転換させていった(前者の施策も継続されていくべきであることはいうまでもない。)ことに注目すべきであろう。こうしたパラダイム転換の明示的な契機となり推進力となったのは、障害者権利条約の批准やその批准に向けてされた国内法の
整備等の一連の動きであるが、その動きが進むことと並行して、社会や国民の意識もこうしたパラダイム転換が当然のことであると認識し、転換を踏まえた障害者施策が今後も推進されていく(その結果、トータルとしての障害者保護施策が充実したものとなる)べきであるとの意識が時間をかけて浸透し深まっていったものと考えられる。そして、この一連の法的な整備等の動き、それとあいまって進んだ社会・国民の認識・意識の深化によって、本件規定により一律に被保佐人が警備業務から排除されることの不利益が看過し難いと評価されるものとなり、本件規定の規制措置の必要性・合理性についての立法府の判断が合理的裁量の範囲を逸脱すると確定的に判断できる状態となっていったというべきである。本件規定の違憲性は、このような時間の経過をたどって高まり確定的なレベルに達したと評価できるものであることから、憲法違反となった時期を一義的に捉えることは困難である。多数意見が、本件の憲法判断の基準時である本件退職時点において本件規定が憲法22条1項及び14条1項に違反するに至っていたとする一方、それ以前に本件規定が違憲となるに至った具体的な時期を明示していないのは、以上のような理由によるものである。
(裁判官岡正晶の補足意見)
1 私は多数意見に賛同するものであるが、「第3 本件立法不作為の国家賠償法上の違法性の有無について」につき、次のとおり多数意見に付加して私見を述べる。
2 多数意見第3の2⑴記載の判断枠組みのうち「法律の規定が憲法の規定に違反することが明白であること」については、国会議員の立法不作為が例外的に違法の評価を受ける場合を画する要件の要素となるものであり、次のような事情をも考慮の上、慎重に判断することが相当と考える。
まず第1に、違法か否かが問題となる行為の主体は、立法府(国会議員)である。いうまでもなく、立法府は、三権分立の一つの機関であり、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である。また、立法府がいついかなる立法行為を行うかは、本来、立法府の裁量に属する問題であるのに対し、立法不作為が国家賠償法上違法と評価されるのは、立法府が一定の立法義務を負うことを前提に、これを怠ったと評価される例外的な場合である。
第2に、法律の規定が憲法の規定に違反する場合、本来は、立法府自らが当該法律の規定の改正ないし廃止を行うことによってその是正を図るべきであり、これがとるべき対応の基本であり原則である。国会議員の立法過程における行動について、国が個々の国民に対して国家賠償法に基づく損害賠償責任を負うのは、上記対応だけでは不十分な場合の例外的な救済措置というべきである。
第3に、国会議員の立法不作為につき国家賠償法に基づく損害賠償責任を認めるということは、国会議員に、個々の国民に対し、特定の法律の改正等を行う法的注意義務が生じていたことを前提として、国庫から損害賠償金(金銭)を支払うことを意味する。そしてこの場合に支払請求をすることができる者は、法律の規制が通常一定の広がりを持つことから、通常、一人ではなく、複数又は多数になる場合が多いと思われ、この点も考慮する必要がある。
3 「法律の規定が憲法の規定に違反する」か否かを判断する際には、当該法律における規制の目的、対象、方法等の性質及び内容、さらには立法府の合理的な裁量の範囲を逸脱するか否かなどを総合的に考慮することを要し、複雑な判断を伴う場合が多い。「法律の規定が憲法の規定に違反する」という判断・認識は、「憲法の規定との関係が問われる」、「憲法解釈上疑義がある」、「違憲の疑いが濃い」などの認識や、「憲法に示された価値・理念をより充実させるために法改正が望ましい」といった立法政策上の判断・意見とは大きく異なるというべきである。
また、上記2のとおり、「明白である」ことは、国会議員の立法不作為が例外的に違法の評価を受ける場合を画する要件の要素となるものである。このことからすると、「明白である」か否かの判断においては、基準となる時点において、国会議員の多数が「法律の規定が憲法の規定に違反する」と判断・認識すべきであったといえるか否かが問題とされるべきであって、国会議員の多数が現実にそのように判断・認識していた場合のほか、現実の判断・認識がない場合でも、仮に、当時、国会議員が意識的かつ合理的に検討したならば、容易に、上記の判断・認識に到達していたであろうといえる場合等が含まれると考えられる。ただし、上記2記載の各事情を踏まえると、この点の判断は慎重に行う必要があるというべきである。
4 これを本件についてみると、本件退職時点において、本件規定が憲法の規定(22条1項及び14条1項)に違反することが明白であったとはいえないと考える。その理由としては、多数意見第3の2⑵記載のもののほか、次の事情が挙げられる。
⑴ 私も、多数意見第2のとおり、本件退職時点において、本件規定は憲法の規定に違反していたと判断するものである。
しかし、これは現時点における判断であって、本件退職時点において上記のように判断していたものではない。
上記3記載のとおり、「法律の規定が憲法の規定に違反することが明白であるか否か」の判断においては、基準となる時点において、国会議員の多数が、「法律の規定が憲法の規定に違反する」と判断・認識すべきであったといえるか否かが問題となるところ、本件退職時点で、多数意見第2のように具体的な分析・検討に基づき「本件規定は、立法府の合理的な裁量の範囲を逸脱しており、憲法の規定に違反している」と判断・認識していた者が、国会議員、学者及び中央省庁(内閣法制局も含む。)の職員等の中にいたことはうかがわれない。
⑵ 成年被後見人等に係る欠格条項に関する立法の経緯を見ると、平成11年時点で、禁治産者又は準禁治産者であることを欠格事由とする規定は150余存在したところ、平成11年整備法による検討後であっても110余については、成年被後見人等に係る欠格条項として存続させる旨の立法判断がなされた(多数意見第1の3⑴イ参照)。その中には、国家公務員法、地方公務員法、地方公営企業法など極めて多くの人数・職種を対象とするものがあり、他にも行政書士法、水道法(給水装置工事を適正に施行することができると認められる者の指定)など多種多様な職業を対象とするものがあり、これらに従事する者の人数も多数に及んでいた。
国会は、その後も、新たに、成年被後見人等に係る欠格条項を設けることがあり、成年被後見人等に係る欠格条項を設ける法律の数は増えていった。
国会は、多数意見第1の3⑵、⑶のような経緯を経て、平成28年には成年後見制度の利用の促進に関する法律(利用促進法)を制定するに至り、成年被後見人等の権利に係る制限が設けられている制度(成年被後見人等に係る欠格条項)について検討を加え、必要な見直しを行うこととした。そして、この見直しの検討を経て、令和元年に一括整備法等を制定し、本件規定を含む成年被後見人等に係る欠格条項の全て(この時点では170余の法律に設けられていた。)を削除した。国家公務員法、地方公務員法、地方公営企業法における欠格条項が削除されたのもこの時である。なお、利用促進法制定の後である平成29年6月までの間においても、成年被後見人等に係る欠格条項が設けられた法律があった。
このような成年被後見人等に係る欠格条項に関する立法の経緯からすると、国会議員の多くは、「憲法に示された価値・理念をより充実させるために望ましい法改正をする」という判断・認識から、利用促進法を制定し、欠格条項の見直しを行ったものであり、成年被後見人等に係る欠格条項が「憲法の規定に違反する」ので直ちに削除等しなければならないという判断・認識には立っていなかったことがうかがわれる。上記3記載のとおり、この両者は大きく異なるものである。前者の判断
・認識に至っていたことから、直ちに、後者の「憲法の規定に違反する」との判断
・認識に至ることが容易であったという評価をすることはできないし、相当でない。
前述のとおり「憲法の規定に違反する」という判断・認識が複雑な判断を伴うものであること、明白性の判断は慎重に行う必要があることを踏まえると、利用促進法制定時又は本件退職時点において、仮に国会議員が意識的かつ合理的に検討したならば、容易に上記の判断・認識に到達していたであろうというためには、そのような複雑な判断に到達することを可能にするような客観的な契機、事情等が必要であるというべきである。
⑶ 国会以外の状況を見ると、多数意見第3の2⑵イのとおり、本件規定につき、具体的な分析・検討に基づき「本件規定は、立法府の合理的な裁量の範囲を逸脱しており、憲法の規定に違反している」との判断・認識を発表していた学説は、本件退職時点までにはうかがわれない。記録によれば、平成26年に、成年被後見人等に係る欠格条項を念頭に、欠格条項制度が基本的人権の侵害にもなり得る重大な不利益を本人に与えると問題提起した学説も、その憲法適合性については憲法学の議論を待ちたいという指摘にとどまっていた(これらの指摘・認識は、上記3記載のとおり、「本件規定が憲法の規定に違反する」というものではなかった。)。
また、本件規定の憲法適合性やこれに関連する問題について、当審はもちろん下級審の裁判例もなかった。平成25年東京地裁判決も、選挙権に関するものであって、本件規定のような職業の欠格条項に関するものではなかった。
利用促進法の制定(平成28年4月)、「成年後見制度利用促進基本計画について」等の閣議決定(平成29年3月)に対しても、これにより憲法適合性が回復されたなどという指摘、学説があったことはうかがわれない。
⑷ 上記⑵、⑶記載の諸事情を踏まえると、本件退職時点(平成29年3月)において、国会議員の多数にとって明白であったことは、本件規定を含む欠格事由の見直しは、「憲法に示された価値・理念をより充実させるために望ましい」という判断・認識であったというべきである。そして、このような判断・認識の下、国会は、現に、利用促進法を制定し、本件規定だけでなく全ての成年被後見人等の権利に係る制限について、必要な見直しに着手し、その後も着実にその検討を進め、令和元年6月には、一括整備法を制定して、本件規定の削除を実現したものである。
そうすると、本件退職時点において、国会議員の多数が「本件規定は憲法の規定に違反している」と現実に判断・認識していたとは認められないのはもとより、本件退職時点において、仮に、国会議員が本件規定の憲法適合性につき意識的かつ合理的に検討したならば、容易に、上記の判断・認識に到達していたであろうといえるだけの客観的な契機、事情等があったことはうかがわれない。以上述べたことから、本件退職時点において、「本件規定が憲法の規定(22条1項及び14条1項)に違反することが明白であった」とはいえないと考える。
出典:https://www.courts.go.jp/hanrei/95548/detail2/index.html