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地方議会議員に対する出勤停止についての司法審査の可否 最大判令和2年11月25日

事件の概要

最大判令和2年11月25日は、” 地方議会による議員に対する出席停止の懲罰の適否は、部分社会の法理により、司法審査の対象外である”とする村会議員出席停止事件判決等(最大判昭和35年10月19日等)を変更し、 地方議会による議員に対する出席停止の懲罰の適否は一律に司法審査の対象になると判示しました。

 

判例解説

1.従来の判例理論である部分社会の法理

従来の最高裁判例は、団体の内部紛争に対する司法審査の限界について、「それが一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、…司法審査の対象にならない」とする「部分社会の法理」を採用していました。

最高裁判例の「部分社会の法理」を完成させたのが富山大学単位不認定事件判決(最三小判昭和52年3月15日であるといわれており、地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否は司法審査の対象外であるとした村会議員出席停止事件判決等(最大判昭和35年10月19日)も最高裁判例の「部分社会の法理」を形成したものであると理解されています(曽我部ほか「憲法論点教室」第2版198頁)。

「裁判所法3条の…一切の法律上の争訟とはあらゆる法律上の係争という意味ではない」とする村会議員出席停止事件判決の判旨や「裁判所法3条1項・・にいう一切の法律上の争訟とはあらゆる法律上の係争を意味するものではない。」とする富山大学単位不認定事件判決の判旨からしても、従来の最高裁判例の「部分社会の法理」は、団体の内部紛争に対する司法審査の限界について、少なくとも第一次的には「法律上の争訟性の有無」の問題として捉え、「一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる」団体の内部問題については司法権の内在的制約として司法審査の対象外に位置づけるという見解であると理解することができます(曽我部ほか「憲法論点教室」第2版199頁参照)。

かつての最高裁判例は、上記意味における「部分社会の法理」を前提として、地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否は司法審査の対象外に位置づけていたと理解することになります。

2.学説の外在的制約論

最高裁判例の「部分社会の法理」に対しては、学説から強い批判がありました。

多くの基本書・解説書では、法秩序の多元性を前提とする一般的・包括的な部分社会論は妥当でないとして最高裁判例の「部分社会の法理」を批判した上で、団体の内部問題に対する司法審査の可否・限界については、団体の目的・性質・機能、自律性・自主性を支える憲法上の根拠、問題となっている事柄等(争われている権利・利益の性質等)を考慮して個別具体的に検討するべきであるとする外在的制約論が提唱されています(芦部「憲法」第7版357頁、青柳「憲法」初版348頁、小山「憲法上の権利の作法」第3版227~228頁)。

なお、厳密には、最高裁判例も、「部分社会」という包括的な概念を基礎として司法権がどこまで及ぶのかを判断するという包括的思考を貫いているわけではないともいわれています(渡辺・宍戸ほか「憲法Ⅱ」初版308頁)。

3.令和2年11月25日大法廷判決の立場

(1) 法律上の争訟性

まず、本判決は、(1)「出席停止の懲罰を科された議員がその取消しを求める訴えは、法令の規定に基づく処分の取消しを求めるものであって、その性質上、法令の適用によって終局的に解決し得るものというべきである。」と判示しています。

宇賀克也裁判官の補足意見では、「法律上の争訟は、①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、②それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られるとする当審の判例…に照らし、地方議会議員に対する出席停止の懲罰の取消しを求める訴えが、①②の要件を満たす以上、法律上の争訟に当たることは明らかであると思われる。」とあることから、上記(1)は法律上の争訟性を肯定するものであると考えられます

(2) 団体の内部問題に対する司法審査の可否

次に、本判決は、(2)地方議会議員に対する出席停止の懲罰に対する司法審査の可否について、㋐地方議会が議員を懲罰する「権能は上記の自律的な権能の一内容を構成する」とする一方で、㋑「議員は、憲法上の住民自治の原則を具現化するため、議会が行う・・各事項等について、議事に参与し、議決に加わるなどして、住民の代表としてその意思を当該普通地方公共団体の意思決定に反映させるべく活動する責務を負うものである」ことと、㋒「出席停止の懲罰・・が科されると、当該議員は…議員としての中核的な活動をすることができず、住民の負託を受けた議員としての責務を十分に果たすことができなくなる」ことを理由に、㋓「出席停止の懲罰の性質や議員活動に対する制約の程度に照らすと、…その適否が専ら議会の自主的、自律的な解決に委ねられるべきであるということはできない」として、㋔「出席停止の懲罰は、議会の自律的な権能に基づいてされたものとして、議会に一定の裁量が認められるべきであるものの、裁判所は、常にその適否を判断することができるというべきである」と結論付けることにより、常に司法審査の対象になるという立場に立ち、村会議員出席停止事件判決等(最大判昭和35年10月19日)等を変更しています。

宇賀克也裁判官の補足意見では、法律上の争訟性を肯定した上で「司法権に対する外在的制約があるとして司法審査の対象外とするのは、かかる例外を正当化する憲法上の根拠がある場合に厳格に限定される必要がある。」として「司法権に対する外在的制約」の問題として捉えられていることと、前記(1)の通り法定意見が先に法律上の争訟性を肯定した上で司法審査の可否について言及していることから、本判決は従来の最高裁判例の「部分社会の法理」ではなく学説の外在的制約論に立っていると考えられます。

上記の㋐・㋑・㋒の考慮要素と㋓の「その適否が専ら議会の自主的、自律的な解決に委ねられるべきであるということはできない」という部分からすると、本判決は、団体の内部問題に対する司法審査の可否について、”団体の自主性・自律性を尊重する必要性”と”司法審査の途を開く必要性”と比較衡量することにより、”その適否が専ら団体の自主的・自律的な解決に委ねられるべきか”という上位規範への該当性判断を通じて決するという枠組みを採用していると理解することができます。

“司法審査の途を開く必要性”としては、通常は、団体構成員である個人の権利利益の保護(あるいは、憲法32条の裁判を受ける権利)を問題にすることになりますが(横大道「憲法判例の射程」初版217頁参照)、地方議会議員に対する懲罰の事案では、議員個人の権利利益の保護よりも、憲法上の住民自治の原則を具現化する上での障害を問題にすることになります。

(3) 司法審査をする際には団体の自主性・自律性にも配慮する

最後に、本判決は、地方議会議員に対する出席停止の懲罰について「裁判所は、常にその適否を判断することができる」と判示することにより常に司法審査の対象になることを認める一方で、「出席停止の懲罰は、議会の自律的な権能に基づいてされたものとして、議会に一定の裁量が認められるべきである」と判示することにより、”門前払いにすることなく司法審査の対象にする一方で、地方議会の自律性にも配慮するために、地方議会の懲罰についての裁量を広めに認める形で出席停止の懲罰の適否を判断するべきである”という立場を明らかにしていると理解することができます。

宇賀克也裁判官の補足意見でも、「地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否を司法審査の対象としても、地方議会の自律性を全面的に否定することにはならない。懲罰の実体判断については、議会に裁量が認められ、裁量権の行使が違法になるのは、それが逸脱又は濫用に当たる場合に限られ、地方議会の自律性は、裁量権の余地を大きくする方向に作用する。したがって、地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否を司法審査の対象とした場合、濫用的な懲罰は抑止されることが期待できるが、過度に地方議会の自律性を阻害することにはならないと考える。」

 

事案・判旨

(事案)
 市議会により23日間の出席停止の懲罰を科された市議会議員がその取り消しを求める訴えを提起した。

(判旨)
 ①「普通地方公共団体の議会は、地方自治法並びに会議規則及び委員会に関する条例に違反した議員に対し、議決により懲罰を科することができる(同法134条1項)ところ、懲罰の種類及び手続は法定されている(同法135条)。これらの規定等に照らすと、出席停止の懲罰を科された議員がその取消しを求める訴えは、法令の規定に基づく処分の取消しを求めるものであって、その性質上、法令の適用によって終局的に解決し得るものというべきである。」
 ②「憲法は、地方公共団体の組織及び運営に関する基本原則として、その施策を住民の意思に基づいて行うべきものとするいわゆる住民自治の原則を採用しており、普通地方公共団体の議会は、憲法にその設置の根拠を有する議事機関として、住民の代表である議員により構成され、所定の重要事項について当該地方公共団体の意思を決定するなどの権能を有する。そして、議会の運営に関する事項については、議事機関としての自主的かつ円滑な運営を確保すべく、その性質上、議会の自律的な権能が尊重されるべきであるところ、議員に対する懲罰は、会議体としての議会内の秩序を保持し、もってその運営を円滑にすることを目的として科されるものであり、その権能は上記の自律的な権能の一内容を構成する。」
 ③「他方、普通地方公共団体の議会の議員は、当該普通地方公共団体の区域内に住所を有する者の投票により選挙され(憲法93条2項、地方自治法11条、17条、18条)、議会に議案を提出することができ(同法112条)、議会の議事については、特別の定めがある場合を除き、出席議員の過半数でこれを決することができる(同法116条)。そして、議会は、条例を設け又は改廃すること、予算を定めること、所定の契約を締結すること等の事件を議決しなければならない(同法96条)ほか、当該普通地方公共団体の事務の管理、議決の執行及び出納を検査することができ、同事務に関する調査を行うことができる(同法98条、100条)。議員は、憲法上の住民自治の原則を具現化するため、議会が行う上記の各事項等について、議事に参与し、議決に加わるなどして、住民の代表としてその意思を当該普通地方公共団体の意思決定に反映させるべく活動する責務を負うものである。
 出席停止の懲罰は、上記の責務を負う公選の議員に対し、議会がその権能において科する処分であり、これが科されると、当該議員はその期間、会議及び委員会への出席が停止され、議事に参与して議決に加わるなどの議員としての中核的な活動をすることができず、住民の負託を受けた議員としての責務を十分に果たすことができなくなる。このような出席停止の懲罰の性質や議員活動に対する制約の程度に照らすと、これが議員の権利行使の一時的制限にすぎないものとして、その適否が専ら議会の自主的、自律的な解決に委ねられるべきであるということはできない。
 そうすると、出席停止の懲罰は、議会の自律的な権能に基づいてされたものとして、議会に一定の裁量が認められるべきであるものの、裁判所は、常にその適否を判断することができるというべきである。したがって、普通地方公共団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰の適否は、司法審査の対象となるというべきである。これと異なる趣旨をいう所論引用の当裁判所大法廷昭和35年10月19日判決その他の当裁判所の判例は、いずれも変更すべきである。」

(補足意見)
 「裁判官宇賀克也の補足意見は、次のとおりである。私は、法廷意見に賛成するものであるが、地方議会の議員に対する出席停止の懲罰の司法審査について、補足して意見を述べることとする。
1. 法律上の争訟
 法律上の争訟は、①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、②それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られるとする当審の判例(最高裁昭和51年(オ)第749号同昭和56年4月7日第三小法廷判決・民集35巻3号443頁)に照らし、地方議会議員に対する出席停止の懲罰の取消しを求める訴えが、①②の要件を満たす以上、法律上の争訟に当たることは明らかであると思われる。
 法律上の争訟については、憲法32条により国民に裁判を受ける権利が保障されており、また、法律上の争訟について裁判を行うことは、憲法76条1項により司法権に課せられた義務であるから、本来、司法権を行使しないことは許されないはずであり、司法権に対する外在的制約があるとして司法審査の対象外とするのは、かかる例外を正当化する憲法上の根拠がある場合に厳格に限定される必要がある。
2. 国会との相違
 国会については、国権の最高機関(憲法41条)としての自律性を憲法が尊重していることは明確であり、憲法自身が議員の資格争訟の裁判権を議院に付与し(憲法55条)、議員が議院で行った演説、討論又は表決についての院外での免責規定を設けている(憲法51条)。しかし、地方議会については、憲法55条や51条のような規定は設けられておらず、憲法は、自律性の点において、国会と地方議会を同視していないことは明らかである。
3. 住民自治
 地方議会について自律性の根拠を憲法に求めるとなると、憲法92条の「地方自治の本旨」以外にないと思われる。「地方自治の本旨」の意味については、様々な議論があるが、その核心部分が、団体自治と住民自治であることには異論はない。また、団体自治は、それ自身が目的というよりも、住民自治を実現するための手段として位置付けることができよう。
 住民自治といっても、直接民主制を採用することは困難であり、我が国では、国のみならず地方公共団体においても、間接民主制を基本としており、他方、地方公共団体においては、条例の制定又は改廃を求める直接請求制度等、国以上に直接民主制的要素が導入されており、住民自治の要請に配慮がされている。この観点からすると、住民が選挙で地方議会議員を選出し、その議員が有権者の意思を反映して、議会に出席して発言し、表決を行うことは、当該議員にとっての権利であると同時に、住民自治の実現にとって必要不可欠であるということができる。もとより地方議会議員の活動は、議会に出席し、そこで発言し、投票することに限られるわけではないが、それが地方議会議員の本質的責務であると理解されていることは、正当な理由なく議会を欠席することが一般に懲罰事由とされていることからも明らかである。
 したがって、地方議会議員を出席停止にすることは、地方議会議員の本質的責務の履行を不可能にするものであり、それは、同時に当該議員に投票した有権者の意思の反映を制約するものとなり、住民自治を阻害することになる。「地方自治の本旨」としての住民自治により司法権に対する外在的制約を基礎付けながら、住民自治を阻害する結果を招くことは背理であるので、これにより地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否を司法審査の対象外とすることを根拠付けることはできないと考える。
4. 議会の裁量
 地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否を司法審査の対象としても、地方議会の自律性を全面的に否定することにはならない。懲罰の実体判断については、議会に裁量が認められ、裁量権の行使が違法になるのは、それが逸脱又は濫用に当たる場合に限られ、地方議会の自律性は、裁量権の余地を大きくする方向に作用する。したがって、地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否を司法審査の対象とした場合、濫用的な懲罰は抑止されることが期待できるが、過度に地方議会の自律性を阻害することにはならないと考える。」

最高裁裁判所判例集

 

執筆者
加藤 喬 加藤ゼミナール代表・弁護士
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院 修了
総合39位・労働法1位で司法試験合格
基本7科目・労働法・実務基礎科目の9科目を担当