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『刑事訴訟法 判例百選』第11版に追加された最新判例の解説

今週、『刑事訴訟法 判例百選』第11版が発行されました。
有斐閣のウェブサイト

刑事訴訟法の論文対策において、判例学習は非常に重要です。

判例百選第11版に追加された判例・裁判例のうち、論文対策として重要なのは次の4つであると考えます。

東京高判平成30年9月5日  ごみの任意提出・領置 [8
東京高判令和3年6月16 日 任意出頭後の弁護人との面会[38
最二小判平成30年3月19日  訴因変更命令義務 [48
最一小決令和3年6月28日  一事不再理効の範囲 [96

❶は、令和5年司法試験設問1において出題されているため、司法試験では当分出題されないと考えられます。もっとも、予備試験の刑事訴訟法では司法試験過去問が流用される傾向にあることと、予備試験では1度も領置が出題されていないことを踏まえると、令和6年以降の予備試験において、領置に関する裁判例として❶が出題される可能性は相当程度あります。

❷は、『弁護人等から任意取調べ中の被疑者との接見申出があった場合に捜査機関が執るべき対応』について、先例である福岡高判平成5年11月16日と異なる根拠と判断枠組みを示した裁判例です。そこまで重要な論点ではないのですが、身体拘束中の被疑者と弁護人等との接見については司法試験(H28)と予備試験(R3)で1度ずつ出題されていることも踏まえると、今後出題される可能性がないとも言い切れないので、念のため、❷の裁判例をベースとした論証をおさえておくのが望ましいです。

❸は、今回追加された判例・裁判例の中で最も重要であると考えます。訴因変更命令義務については、先例として最三小決昭和43年11月26日と最三小判昭和58年9月6日がありますが、これらはいずれも公判前整理手続導入前の事案に関するものです。これに対し、❸は、公判前整理手続を経た事件に関するものです。❸の判旨では言及されていませんが、公判前整理手続を経た事件における裁判所の訴因変更命令義務の有無・内容については、公判前整理手続の趣旨(充実した争点整理と審理計画の策定)、さらには公判前整理手続終結後の訴因変更請求は同手続の趣旨に照らして制限されると解されている(東京高判平成20年11月18日・百55)ことを踏まえて論じる必要があります。司法試験では公判前整理手続終結後の新たな主張・供述に関する問題点が2度出題されており(H28:被告人・弁護人における新たな供述・質問、R1:検察官の訴因変更請求)、公判前整理手続終結に伴う効果に関する問題意識が重視されていることからすると、❸が出題される可能性は決して低くありません。

❹は、一事不再理効の時間的範囲について、第一審判決時説と親和的な立場を示した判例です。一事不再理効は令和2年予備試験で出題されている一方で、司法試験では1度も出題されていないことを踏まえると、令和6年以降の司法試験において、一事不再理効に関する論点として、客観的範囲と共に時間的範囲も出題される可能性が相当程度あります。

 

❶東京高判平成30年9月5日  ごみの任意提出・領置 [8]

事案:被疑者Aが居住するマンション18階のゴミステーション(ゴミステーションは各階に設置されており、これとは別に地下1階にごみ置き場がある)にごみ袋を投棄したところ、警察官は、マンションの管理会社の管理員の了解を得たうえでマンション地下1階にあるごみ置場に行き、18階から回収されたごみ袋のうち、外観からAの出した可能性のあるごみ袋4つについて、同管理員の立会いの下で、1袋ずつ開封して中身を確認し、同管理員からごみ袋の中にあった紙片とタクシーのレシートの任意提出を受けて領置した。
判旨:「(1)……本件マンションには、各階にゴミステーションがあり、地下1階にごみ置場が設けられており、そのごみ処理は管理組合の業務とされ、管理組合はマンション管理会社に対しごみの回収・搬出等の清掃業務を含む本件マンションの管理業務を委託し、そのうち清掃業務については、そのマンション管理会社から委託を受けた清掃会社が行っていたこと、本件マンションでは、居住者が各階のゴミステーションにごみを捨て、これを上記清掃会社の清掃員が各階から集めて地下1階のごみ置場に下ろすなどして、ごみの回収・搬出作業を行っていたことが認められる。このような本件マンションにおけるごみの取扱いからすると、居住者等は、回収・搬出してもらうために不要物としてごみを各階のゴミステーションに捨てているのであり、当該ごみの占有は、遅くとも清掃会社が各階のゴミステーションから回収した時点で、ごみを捨てた者から、本件マンションのごみ処理を業務内容としている管理組合、その委託を受けたマンション管理会社及び更にその委託を受けた清掃会社に移転し、重畳的に占有しているものと解される。
 ……本件紙片等の入っていたごみ1袋を含むごみ4袋は、上記マンション管理会社や清掃会社が占有するに至っていたものであり、本件紙片等を領置するに至ったごみの捜査は、本件マンションの管理業務の委託を受けている上記マンション管理会社が、法律に基づいた権限により行われている公益性の高い犯罪捜査に協力している状況で、更にごみの捜査にも協力することにし、同社の従業員や同社から委託を受けてごみの回収・搬出を行っている上記清掃会社の従業員と協議して行われたものであるから、本件紙片等の入っていたごみ1袋を含むごみ4袋は、その所持者が任意に提出した物を警察が領置したものであり、警察がそのごみ4袋を開封しその内容物を確認した行為は、領置した物の占有の継続の要否を判断するために必要な処分として行われたものであるといえる。
(2)……上記のようなごみの捜査を行う必要性は高かったといえる。また、Aの捨てたごみの中には、Aに対する嫌疑がある侵入窃盗事件の被害品の一部や犯行時に犯行現場付近に存在したことを示すような証拠等が混ざっている可能性があるから、上記のようなごみの捜査を行う合理性もあったといえる。
 さらに、上記のようなごみの捜査の相当性について見ても、……上記のようなごみの捜査は、本件紙片を領置した日だけでなく、4月8日頃からA逮捕の前日である8月1日頃まで行われていたことが認められるが、…Aが警察に検挙されないようにする行動を取っていると推測される状況があったことからすると、上記のような証拠になり得る物がごみとして出されるのをとらえるために、ある程度の期間にわたって上記のようなごみの捜査をすることもやむを得なかったといえる。しかも、上記のとおり、警察は、Aの住戸のあるE階のごみの中から、外観からAが出したごみの可能性のあるごみ袋に絞り込んでおり、領置して開封するごみ袋を極力少なくする配慮をしていたのである。これらのことからすると、上記のようなごみの捜査は、相当な方法で行われていたといえる。
 本件マンションの居住者等は、ゴミステーションに捨てたごみが清掃会社によりそのまま回収・搬出され、みだりに他人にその内容を見られることはないという期待を有しているものといえるが、このことを踏まえても、本件紙片を領置するに至った捜査は、上記のような必要性があり、その方法も相当なものであったのであるから、警察がその所持者から本件紙片等の入っていたごみ1袋を含むごみ4袋の任意提出を受けて領置した上、それらのごみ袋を開封してその内容物を確認し、証拠となり得る物と判断した本件紙片等について、改めて任意提出を受けて領置した捜査手続は適法なものといえる。
(3)弁護人は、本件におけるごみの捜査は、集合住宅の共用部分という私的領域に排出された物に対して行われており、最高裁平成20年4月15日決定(刑集62巻5号1398頁)が、ごみの占有放棄の重要な要件として公道上のごみ集積所への排出を要求していることからすると、ごみの占有放棄を前提として本件紙片の領置手続を合法とした原裁判所の判断は誤っていると主張する。しかし、上記最高裁決定は、遺留物に関するものであり、所持者が任意に提出した物に関する本件とは事案を異にするものである。」

本判決は、①被疑者がマンションのゴミステーションに捨てたごみについて、「遅くとも清掃会社が各階のゴミステーションから回収した時点で、ごみを捨てた者から、本件マンションのごみ処理を業務内容としている管理組合、その委託を受けたマンション管理会社及び更にその委託を受けた清掃会社に移転し、重畳的に占有しているものと解される」と述べ、その占有がマンションの管理会社や清掃会社に移転していると認定して「被疑者…が遺留した物」に当たることを否定した上で、②警察官が管理会社の管理員から当該ごみの任意提出を受けた持ち帰った行為について、「所持者…が任意に提出した物」を対象とした「領置」に当たると認定しています。

その上で、③領置の限界の判断では、被侵害利益として、管理会社等の利益ではなく、「ゴミステーションに捨てたごみが清掃会社によりそのまま回収・搬出され、みだりに他人にその内容を見られることはないという期待」という被疑者Aのプライバシーの利益を問題にしています。

 

❷東京高判令和3年6月16 日 任意出頭後の弁護人との面会[38]

事案:被疑者Aの妻からの依頼によりAの弁護人となろうとする者となった弁護士Bは、検察庁において任意の取調べを受けていたAとの接見を求めたにもかかわらず、これを速やかに許さなかった検察官の違法な措置により、精神的苦痛を被ったとして、国家賠償請求訴訟を提起した。
判旨:「(1)刑訴法30条1項は、被疑者は、何時でも弁護人を選任することができる旨規定しているところ、被疑者が刑事手続において十分な防御をするためには、弁護人に相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を実質的に保障する必要があるから、被疑者は、身体の拘束を受けていない段階にあっても、接見交通権に準じて、立会人なく接見する利益(以下、上記段階における当該利益を、単に「接見の利益」という。)を有するものである。
 また、接見の利益が保護されることは、接見の相手方である弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)にとってもその十分な活動を保障するために不可欠なものであって、被疑者の弁護人等による弁護権の行使においても重要なものである。のみならず、刑訴法39条1項によって被告人又は被疑者に保障される接見交通権が、弁護人等にとってはその固有権の重要なものの一つであるとされていることに鑑みれば(最高裁昭和49年(オ)第1088号同53年7月10日第一小法廷判決・民集32巻5号820頁参照)、接見の利益も、上記のような刑訴法30条1項の趣旨に照らし、弁護人等からいえばその固有の利益であると解するのが相当である。
 上記のとおり、接見の利益は、被疑者のみならず、弁護人等にとっても重要なものであることからすれば、捜査機関は、刑訴法198条1項に基づき、被疑者の任意の出頭を求め、これを取り調べるに当たり、被疑者と弁護人等との接見の利益をも十分に尊重しなければならないというべきである。
 したがって、身体の拘束を受けていない被疑者の弁護人等が、任意の取調べを受けている被疑者との間で立会人のない接見の申出をした場合には、速やかにその申出があった事実を被疑者に告げて弁護人等と接見するか任意の取調べを継続するかを捜査機関において確認すべきであって、その事実を告げないまま任意の取調べを継続する捜査機関の措置は、弁護人等であることの事実確認のために必要な時間を要するなど特段の事情がない限り、被疑者の接見の利益を侵害するだけではなく、その弁護人等の固有の接見の利益も侵害するものとして、国家賠償法1条1項の適用上違法となると解するのが相当である。
(2)これを本件についてみると、前記認定事実によれば、Bは、令和元年11月27日午後3時10分頃、本件検察官に対し、Aの妻から依頼を受けたとしてAとの間で立会人のない接見の申出(以下「本件申出」という。)をしたところ、同日午後3時40分頃、本件検察官から、BがAの妻から依頼を受けた弁護人であるかどうかを確認する必要があり、そのためには一定の時間が必要であるとの説明を受け、了承したものの、その際、Bは、その確認手段として、本件検察官に対し、AがBの所属する弁護士事務所に伝えたものであって、Aの妻から弁護の依頼を受けた際に使用した携帯電話番号であるとして本件電話番号を本件検察官に伝えたにもかかわらず、本件検察官は、本件電話番号を弁護士事務所に伝えたかどうかをAに確認せず、本件申出があった事実をAに告げないまま、本件取調官がAの自白調書を録取して本件取調べが終了した同日午後4時30分頃まで、本件取調べを継続させたことが認められる。
 そして、前記認定事実によれば、本件検察官は、少なくとも同日午後3時40分頃以降においては、本件電話番号を弁護士事務所に伝えたかどうかをAに確認すれば、BがAの弁護人等であることを容易に確認することができたのであるから、その他本件に現れた一切の事情を勘案しても、前記特段の事情があることを認めることはできない。
 そうすると、同日午後3時40分頃以降も速やかに本件申出があった事実をAに告げないまま本件取調べを継続させた本件検察官の措置は、Bの接見の利益を侵害するものとして、国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと認めるのが相当である。そして、Bが被った精神的苦痛の程度について検討するに、本件検察官との接見に至るまでのやり取り、Aとの接見までに要した時間、その他の上記事実関係に照らすと、慰謝料の額は10万円と認めるのが相当である。したがって、Bの主張は、上記の趣旨をいう限度で理由がある。」

本判決は、『弁護人等から任意取調べ中の被疑者との接見申出があった場合に捜査機関が執るべき対応』について、先例である福岡高判平成5年11月16日と異なる根拠と判断枠組みを示しています。

本判決は、①「刑訴法30条1項は、被疑者は、何時でも弁護人を選任することができる旨規定しているところ、被疑者が刑事手続において十分な防御をするためには、弁護人に相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を実質的に保障する必要があるから、被疑者は、身体の拘束を受けていない段階にあっても、接見交通権に準じて、立会人なく接見する利益(以下、上記段階における当該利益を、単に「接見の利益」という。)を有するものである。」と述べ、刑訴法30条1項における被疑者の弁護人選任権を根拠として、身体拘束を受けていない被疑者の接見の利益を認めています。次に、②「刑訴法39条1項によって被告人又は被疑者に保障される接見交通権が、弁護人等にとってはその固有権の重要なものの一つであるとされていることに鑑みれば…、接見の利益も、上記のような刑訴法30条1項の趣旨に照らし、弁護人等からいえばその固有の利益であると解するのが相当である。」と述べ、弁護人等に固有の接見の利益も認めています。その上で、③被疑者の接見の利益と弁護人等に固有の接見の利益を根拠として、弁護人等から接見申出があった場合に捜査機関が執るべき対応について、「身体の拘束を受けていない被疑者の弁護人等が、任意の取調べを受けている被疑者との間で立会人のない接見の申出をした場合には、速やかにその申出があった事実を被疑者に告げて弁護人等と接見するか任意の取調べを継続するかを捜査機関において確認すべきであって、その事実を告げないまま任意の取調べを継続する捜査機関の措置は、弁護人等であることの事実確認のために必要な時間を要するなど特段の事情がない限り、被疑者の接見の利益を侵害するだけではなく、その弁護人等の固有の接見の利益も侵害するものとして、国家賠償法1条1項の適用上違法となると解するのが相当である。」と判示しています。

本判決は、弁護人等に固有の接見の利益にも言及している点にも特徴がありますが、これは、接見申出をした弁護士Bが国家賠償請求訴訟の原告となっているからだと考えられます。このため、刑事訴訟法の論文試験では、弁護人等の権利侵害にまで言及することが求められている事案でない限り、論証において弁護人等に固有の接見の利益には言及する必要はないと思われます。

 

❸最二小判平成30年3月19日  訴因変更命令義務 [48]

事案:被告人は、夫と共謀のうえ、先天性ミオパチーにより発育が遅れていた実子A(当時3歳)に十分な栄養を与えるなどして生存に必要な保護をせず、Aを低栄養に基づく衰弱により死亡させたとして、保護責任者致死罪の事実で起訴された。
 公判前整理手続では、因果関係及び故意の存否が争点であるとされ、第1審判決は、因果関係を認める一方で、故意に関する争点について、「被告人において、Aが生存に必要な保護として、より栄養を与えられるなどの保護を必要とする状態にあることを認識していたというには合理的な疑いが残る」として、無罪を言い渡した。
 これに対し、検察官が控訴し、上記争点に関して事実誤認があると主張するとともに、第1審裁判所が検察官に対し重過失致死罪に訴因を変更するよう促し、又はこれを命じることなく無罪判決を言い渡した点で訴訟手続の法令違反があると主張した。
判旨:「……第2回公判前整理手続期日において、……検察官は、……「本件について、重過失致死として処罰を求める予定はない。」と釈明した。……検察官は、…第7回公判前整理手続期日において、「本件について、従前重過失致死として処罰を求める予定はないとしていたが、公判審理の進行を踏まえ、場合によっては予備的訴因として過失致死、重過失致死の追加を検討する可能性があり、その旨は弁護人にも既に伝えている。なお、裁判所に対して必要があれば勧告するよう求めるものではない。」と釈明し、第1審裁判所は、同月11日の第8回公判前整理手続期日において、公判前整理手続を終結させた。……裁判員の参加する合議体により、……第1回公判期日が開かれて審理が行われ、……第4回公判期日において証拠調べが終了した後、第1審裁判所の裁判長は、検察官に対し、「念のため確認しますが、特に訴因について何か手当をする予定はないということでよろしいんですか。」と尋ね、検察官は、「今のところございません。」と答えた。
 ……以上のような訴訟経緯、本件事案の性質・内容等の記録上明らかな諸般の事情に照らしてみると、第1審裁判所としては、検察官に対して、上記のような求釈明によって事実上訴因変更を促したことによりその訴訟法上の義務を尽くしたものというべきであり、更に進んで、検察官に対し、訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すなどの措置に出るまでの義務を有するものではないと解するのが相当である。」

裁判所の訴因変更命令義務については、先例として最三小決昭和43年11月26日と最三小判昭和58年9月6日があります。

最三小決昭和43年11月26日は、①「裁判所は、原則として、自らすすんで検察官に対し、訴因変更手続を促しまたはこれを命ずべき義務はないのである…が、本件のように、起訴状に記載された殺人の訴因についてはその犯意に関する証明が充分でないため無罪とするほかなくても、審理の経過にかんがみ、これを重過失致死の訴因に変更すれば有罪であることが証拠上明らかであり、しかも、その罪が重過失によつて人命を奪うという相当重大なものであるような場合には、例外的に、検察官に対し、訴因変更手続を促しまたはこれを命ずべき義務があるものと解するのが相当である。」と述べ、証拠の明白性と犯罪の重大性を要件として裁判所が例外的に「訴因変更手続を促しまたはこれを命ずべき義務」を負うという判断枠組みを示した上で、②「裁判所が検察官の意向を単に打診したにとどまり、積極的に訴因変更手続を促しまたはこれを命ずることなく、殺人の訴因のみについて審理し、ただちに被告人を無罪とした第一審判決には審理不尽の違法がある」と認定しています。

もっとも、証拠の明白性と犯罪の重大性を満たす場合において、裁判所がいかなる内容の訴因変更命令義務を負うのかは、別途、諸般の事情を考慮して判断されることになります。

最三小判昭和58年9月6日は、傷害致死を含む重大な犯罪について、訴因を現場共謀から事前共謀に変更すれば被告人らを有罪とする余地のあった事案において、㋐「記録に現われた前示の経緯、とくに、本件においては、検察官は、約8年半に及ぶ第一審の審理の全過程を通じ一貫して…現場共謀に基づく犯行であ…るとの主張をしていたのみならず、審理の最終段階における裁判長の求釈明に対しても従前の主張を変更する意思はない旨明確かつ断定的な釈明をしていたこと」、㋑「第一審における…被告人らの防禦活動は…検察官の主張を前提としてなされたこと」、㋒「…被告人らに対してのみ…共謀共同正犯としての罪責を問うときは…被告人らと他の者との間で著しい処分上の不均衡が生ずることが明らかであること」、㋓「本件事案の性質・内容及び右被告人らの本件犯行への関与の程度」などの諸般の事情を考慮して、「第一審裁判所としては、検察官に対し前記のような求釈明によつて事実上訴因変更を促したことによりその訴訟法上の義務を尽くしたものというべきであり、さらに進んで、検察官に対し、訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すなどの措置に出るまでの義務を有するものではないと解するのが相当である。」と判示しました。

裁判所の訴因変更命令義務は例外的に認められるものですから、その有無も内容も限定的に判断される必要があります。特に、公判前整理手続を経た事件については、公判前整理手続における充実した争点整理と計画審理の実効性確保という観点から、より一層、訴因変更命令義務の有無と内容が限定的に判断されることになります。

東京高判平成20年11月18日[百55]は、「公判前整理手続は、当事者双方が公判においてする予定の主張を明らかにし、その証明に用いる証拠の取調べを請求し、証拠を開示し、必要に応じて主張を追加、変更するなどして、事件の争点を明らかにし、証拠を整理することによって、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うことができるようにするための制度である。このような公判前整理手続の制度趣旨に照らすと、公判前整理手続を経た後の公判においては、充実した争点整理や審理計画の策定がされた趣旨を没却するような訴因変更請求は許されないものと解される。」と述べ、公判前整理手続終結後の公判における訴因変更請求が制限されると解しています。

公判前整理手続終結後の公判において、訴因変更請求が許されない場合には、当然のことながら、裁判所の訴因変更命令義務は否定されることになります(川出敏裕「判例講座 刑事訴訟法〔公訴提起・裁判・上訴篇〕」第2版153頁)。この意味において、公判前整理手続を経た事件について、裁判所の訴因変更命令義務の有無・内容を論じる際には、訴因変更命令義務の前提として、「公判前整理手続終結後の公判における訴因変更請求の許否」を論じる必要があります。

公判前整理手続終結後の公判における訴因変更請求が許される場合であったと認定した場合には、さらに進んで、訴因変更命令義務の要件と内容について論じることになります。訴因変更命令義務の内容を検討する際には、公判前整理手続を経ていない事件に比べて裁判所の訴因変更命令義務の有無・内容が限定されることに留意しながら、公判前整理手続の趣旨や本事件の公判前整理手続における検察官の主張と裁判所の対応などを踏まえて論じることになります。

 

❹最一小決令和3年6月28日  一事不再理効の範囲 [96]

事案:検察官は、被告人Aを住居侵入・窃盗の事件で起訴し、有罪判決が確定した後、前訴判決宣告後から前訴判決確定前の時期に行われた5件の住居侵入・窃盗でAを起訴したうえで、訴因を常習特殊窃盗罪に変更した。
判旨:「被告人は、前訴で住居侵入、窃盗につき有罪の第1審判決の宣告を受け、控訴及び上告が棄却されて同判決は確定したが、その後起訴された本件の常習特殊窃盗を構成する住居侵入、窃盗の各行為は、いずれも前訴の第1審判決後、その確定前にされたものであることが認められる。このように、前訴で住居侵入、窃盗の訴因につき有罪の第1審判決が確定した場合において、後訴の訴因である常習特殊窃盗を構成する住居侵入、窃盗の各行為が前訴の第1審判決後にされたものであるときは、前訴の訴因が常習性の発露として行われたか否かについて検討するまでもなく、前訴の確定判決による一事不再理効は、後訴に及ばない。はないと解するのが相当である。」

一事不再理効の範囲は客観的範囲と主観的範囲に分類され、客観的範囲は「公訴事実の同一性」(312条1項)により判断されます。

本決定の事案では、前訴有罪判決の一事不再理効の客観的範囲が後訴の常習特殊窃盗を構成する住居侵入・窃盗にも及ぶか否かが問題となり、最三小判平成15年10月7日[95]の判断枠組みを使って、単一性の観点から「公訴事実の同一性」が判断されることになります。そして、後訴における変更後の訴因が常習特殊窃盗であるため、常習性の発露という面が訴因として訴訟手続に上程されているので、前訴の住居侵入・窃盗と後訴の住居侵入・窃盗とは常習特殊窃盗の一罪を構成するものであるとして、単一性が認められる余地があります。したがって、後訴の住居侵入・窃盗は前訴有罪判決の一事不再理効の客観的範囲に含まれます。

もっとも、後訴の訴因を構成している住居侵入・窃盗がいずれも前訴判決宣告後に行われたものであることから、一事不再理効の時間的範囲が問題となります。一事不再理効の時間的範囲については、起訴時説、弁論終結時説、第1審判決時説及び確定時説などがありますが、本決定は、「前訴で住居侵入、窃盗の訴因につき有罪の第1審判決が確定した場合において、後訴の訴因である常習特殊窃盗を構成する住居侵入、窃盗の各行為が前訴の第1審判決後にされたものであるときは、前訴の訴因が常習性の発露として行われたか否かについて検討するまでもなく、前訴の確定判決による一事不再理効は、後訴に及ばない。」と述べ、第1審判決自説と親和的な立場を示しました。

なお、本決定は、「前訴の訴因が常習性の発露として行われたか否かについて検討するまでもなく、前訴の確定判決による一事不再理効は、後訴に及ばない。」と述べていますが、論文試験では、論点落としを避けるために、客観的範囲→時間的範囲という流れで論じるべきです。

 

執筆者
加藤 喬 加藤ゼミナール代表・弁護士
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院 修了
総合39位・労働法1位で司法試験合格
基本7科目・労働法・実務基礎科目の9科目を担当