弁護士深澤 直人
加藤ゼミナール専任講師
今回は、東京地裁平成27年8月5日判決(以下「本判決」といいます。)のうち、ビットコインの返還請求権の法的性質に関する部分を取り上げます。
大部分が民法上の所有権の客体性について示した裁判例であるため、出題可能性は極めて低い裁判例ですが、Xがビットコインの返還請求権の法的根拠を所有権に基づく返還請求権とした理由を考えることを通じて、破産債権及び取戻権の理解を深めていただければと存じます。
1. 事案の概要
本件は、破産手続開始決定を受けたA社が運営するインターネット上のビットコイン取引所を利用していたXが、A社の破産管財人であるYに対し、Xが所有するビットコイン約459btcをYが占有していると主張して、同ビットコインの所有権を基礎とする破62条の取戻権に基づき、その引渡し等を求めた事案である。
2. 争 点
①ビットコインが所有権の客体となるか否か
②XのYに対する取戻権行使の可否
3. Xがビットコインの返還請求権の法的根拠を物権的請求権に求めた理由
本件では、Xは、ビットコインの返還請求権の法的根拠を、所有権に基づく返還請求権としての引渡請求権に求めています。
これはなぜでしょうか。倒産法を勉強している皆様なら大丈夫ですかね。
民法上の債権的請求権は、破産手続上、原則として破産債権になります(破2条5項)。破産債権は、破産手続上、どのように権利行使されるものでしょうか。
第100条(破産債権の行使)
① 破産債権は、この法律に特別の定めがある場合を除き、破産手続によらなければ、行使することができない。
② (略)
すなわち、破産債権は、(破産手続に則って)届出・調査・確定手続といった手続を経て、割合的弁済を受けることができるに過ぎません。ポイントは、㋐破産手続に則ってということと、㋑割合的弁済ということです。債権者は、その債権を手続外で行使できず、また、全額の弁済を受けることができないのです。
これに対して、民法上の所有権に基づく返還請求権は、破産手続上、原則として取戻権になります(破62条)。取戻権は、破産手続上、どのように権利行使されるものでしょうか。
第62条(取戻権)
破産手続の開始は、破産者に属しない財産を破産財団から取り戻す権利(第64条及び第78条第2項第13号において「取戻権」という。)に影響を及ぼさない。
すなわち、取戻権は、破産手続の影響を受けず、破産手続に拠らない(=破産手続外での)権利行使が可能とされています。そして、所有権に基づく返還請求権は、通常、この「取戻権」に該当するとされています。
以上の知識を前提に今回の事例を考えると、仮にビットコインの返還請求権が破産手続上「破産債権」と扱われると、手続外行使が禁止され、また、割合的弁済を受けることができません。これに対して、当該請求権が破産手続上「取戻権」と扱われると、破産手続の影響を受けず、手続外行使が認められるので、ビットコイン約459btcの“全て”の返還を求めることができることになります。
だからこそ、X(ないしXの訴訟代理人弁護士)は、ビットコインの返還請求権の法的根拠を、所有権に基づく返還請求権としての引渡請求権に求めたのですね。
よろしいでしょうか。ここまでご理解いただければ、本記事は役割を果たしたと考えております。笑
ただ、実際にビットコインの返還請求権が取戻権と扱われたのか気になる方もいらっしゃるかと思いますので、以下、本判決の判断を示したいと存じます。
4. 判 旨
以下、民法上の所有権の客体性に関する議論ですが、示します。興味がある方はご覧ください(個人的には下線を引いた箇所のみで十分と考えております)。
要するに、所有権の客体となるか否かについては、有体性及び排他的支配可能性が認められるか否かにより判断するところ、ビットコインは有体性も排他的支配可能性もないため、所有権の客体とはならない。そうである以上、Xは、本件ビットコインについて所有権を基礎とする取戻権を行使することはできない、このような論理の流れです。
1 争点①ビットコインが所有権の客体となるか否かについて
(1)所有権の客体となる要件について
「所有権は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利であるところ(民法206条)、その客体である所有『物』は、民法85条において『有体物』であると定義されている。有体物とは、液体、気体及び固体といった空間の一部を占めるものを意味し、債権や著作権などの権利や自然力(電気、熱、光)のような無体物に対する概念であるから、民法は原則として、所有権を含む物権の客体(対象)を有体物に限定しているものである…。
また、所有権の対象となるには、有体物であることのほかに、所有権が客体である『物』に対する他人の利用を排除することができる権利であることから排他的に支配可能であること(排他的支配可能性)が、個人の尊厳が法の基本原理であることから非人格性が、要件となると解される。
…所有権の対象となるか否かについては、有体性及び排他的支配可能性(本件では、非人格性の要件は問題とならないので、以下においては省略する。)が認められるか否かにより判断すべきである。」(下線は筆者による。)。
(2)ビットコインについての検討
ア 「ビットコインは、『デジタル通貨(デジタル技術により創られたオルタナティヴ通貨)』あるいは『暗号学的通貨』であるとされており(甲7)、本件取引所の利用規約においても、『インターネット上のコモディティ』とされていること(甲1)、その仕組みや技術は専らインターネット上のネットワークを利用したものであること(甲7、乙1)からすると、ビットコインには空間の一部を占めるものという有体性がないことは明らかである。」(下線は筆者による。)。
イ「また、証拠(甲7、乙1)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。」
(ア)「ビットコインネットワークの開始以降に作成された『トランザクションデータ』(送付元となるビットコインアドレスに関する情報、送付先となるビットコインアドレス及び送付するビットコインの数値から形成されるデータ等)のうち、『マイニング』(ビットコインネットワークの参加者がトランザクションを対象として、一定の計算行為を行うこと)の対象となった全てのものが記録された『ブロックチェーン』が存在する。ビットコインネットワークに参加しようとする者は誰でも、インターネット上で公開されている電磁的記録であるブロックチェーンを、参加者各自のコンピューター等の端末に保有することができる。したがって、ブロックチェーンに関するデータは多数の参加者が保有している。」
(イ)「ビットコインネットワークの参加者は、ビットコインの送付先を指定するための識別情報となるビットコインアドレスを作成することができ、同アドレスの識別情報はデジタル署名の公開鍵(検証鍵)をもとに生成され、これとペアになる秘密鍵(署名鍵)が存在する。秘密鍵は、当該アドレスを作成した参加者が管理・把握するものであり、他に開示されない。」
(ウ)「一定数のビットコインをあるビットコインアドレス(口座A)から他のビットコインアドレス(口座B)に送付するという結果を生じさせるには、ビットコインネットワークにおいて、①送付元の口座Aの秘密鍵を管理・把握する参加者が、口座Aから口座Bに一定数のビットコインを振り替えるという記録(トランザクション)を上記秘密鍵を利用して作成する、②送付元の口座Aの秘密鍵を管理・把握する参加者が、作成したトランザクションを他のネットワーク参加者(オンラインになっている参加者から無作為に選択され、送付先の口座の秘密鍵を管理・把握する参加者に限られない。)に送信する、③トランザクションを受信した参加者が、当該トランザクションについて、送付元となる口座Aの秘密鍵によって作成されたものであるか否か及び送付させるビットコインの数値が送付元である口座Aに関しブロックチェーンに記録された全てのトランザクションに基づいて差引計算した数値を下回ることを検証する、④検証により上記各点が確認されれば、検証した参加者は、当該トランザクションを他の参加者に対しインターネットを通じて転送し、この転送が繰り返されることにより、当該トランザクションがビットコインネットワークにより広く拡散される、⑤拡散されたトランザクションがマイニングの対象となり、マイニングされることによってブロックチェーンに記録されること、が必要である。
このように、口座Aから口座Bへのビットコインの送付は、口座Aから口座Bに『送付されるビットコインを表象する電磁的記録』の送付により行われるのではなく、その実現には、送付の当事者以外の関与が必要である。」
(エ)「特定の参加者が作成し、管理するビットコインアドレスにおけるビットコインの有高(残量)は、ブロックチェーン上に記録されている同アドレスと関係するビットコインの全取引を差引計算した結果算出される数量であり、当該ビットコインアドレスに、有高に相当するビットコイン自体を表象する電磁的記録は存在しない。
上記のようなビットコインの仕組み、それに基づく特定のビットコインアドレスを作成し、その秘密鍵を管理する者が当該アドレスにおいてビットコインの残量を有していることの意味に照らせば、ビットコインアドレスの秘密鍵の管理者が、当該アドレスにおいて当該残量のビットコインを排他的に支配しているとは認められない。」(下線は筆者による。)。
ウ「上記で検討したところによれば、ビットコインが所有権の客体となるために必要な有体性及び排他的支配可能性を有するとは認められない。したがって、ビットコインは物権である所有権の客体とはならないというべきである。」(下線は筆者による。)。
2 争点②XのYに対する取戻権行使の可否について
「上記1で認定説示したように、ビットコインは所有権の客体とならないから、Xが本件ビットコインについて所有権を有することはなく、A社の管理するビットコインアドレスに保有するビットコインについて共有持分権を有することもない。また、寄託物の所有権を前提とする寄託契約の成立も認められない。
したがって、Xは本件ビットコインについてその所有権を基礎とする取戻権を行使することはできない。」