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【2項強盗罪】暴行脅迫を用いてキャッシュカードの暗証番号を聞き出すことには2項強盗罪が成立するか?

2025年04月22日

他人名義のキャッシュカードを所持する者が暴行脅迫を手段として同キャッシュカードの名義人から暗証番号を聞き出すことには、2項強盗罪(刑法236条2項)が成立するかという論点があり、参考裁判例としては東京高裁判決平成21年11月16日があります。

司法試験では過去に2度出題されており(平成28年、令和6年)、今後は予備試験でも出題される可能性があります。

ここでは、他人名義のキャッシュカードとその暗証番号を併せ持つことが、「財産上…の利益」として2項強盗罪の客体に当たるかが問題となります。

1⃣財産的利益の具体性・現実性

処罰範囲の明確化という観点から、2項強盗罪における「財産上…の利益」は、財物と同視できるだけの具体的かつ現実的な財産的利益に限られると解されています。

他人名義のキャッシュカードとその暗証番号を併せ持っても、預貯金債権を取得できるわけではありませんから、財物と同視できるだけの具体的現実的な財産的利益に当たらないのではないか?という問題意識が生じることになります。

前掲裁判例の原判決(地川越支判平成21年6月1日)は、キャッシュカードを窃取した犯人が暴行・脅迫を手段として被害者から同カードの暗証番号を聞き出した事案において、キャッシュカードを窃取犯人がキャッシュカードとその暗証番号を併せ持つことが「財産上…の利益」に当たるかについて、「被告人が本件被害者から窃取に係るキャッシュカードの暗証番号を聞き出したとしても、財物の取得と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産的利益を得たとは認められない」として、「財産上…の利益」に当たらないと解しています。

これに対し、控訴審判決(東京高判平成21年11月16日)は、「キャッシュカードを窃取した犯人が、被害者に暴行、脅迫を加え、その反抗を抑圧して、被害者から当該口座の暗証番号を聞き出した場合、犯人は、現金自動預払機(ATM)の操作により、キャッシュカードと暗証番号による機械的な本人確認手続を経るだけで、迅速かつ確実に、被害者の預貯金口座から預貯金の払戻しを受けることができるようになる。このようにキャッシュカードとその暗証番号を併せ持つ者は、あたかも正当な預貯金債権者のごとく、事実上当該預貯金を支配しているといっても過言ではなく、キャッシュカードとその暗証番号を併せ持つことは、それ自体財産上の利益とみるのが相当であって、キャッシュカードを窃取した犯人が被害者からその暗証番号を聞き出した場合には、犯人は、被害者の預貯金債権そのものを取得するわけではないものの、同キャッシュカードとその暗証番号を用いて、事実上、ATMを通して当該預貯金口座から預貯金の払戻しを受け得る地位という財産上の利益を得たものというべきである。」と述べ、財物と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産的利益に当たることを認めています。

2⃣財産的利益の移転性(利得と喪失の対応関係)

2項強盗罪は利益移転を内容とする移転罪であるため、本罪の客体である「財産上…の利益」には、利益の移転性、すなわち利得と喪失の対応関係が必要とされます。

他人名義のキャッシュカードの所持者が同キャッシュカードの名義人から暗証番号を聞き出したとしても、暗証番号という情報が犯人と名義人との間で共有されるにとどまり、暗証番号という情報が名義人から犯人にそのまま移転するわけではないので、利益の移転性が認められないのではないか?という問題意識が生じることになります。

原判決(地川越支判平成21年6月1日)は、キャッシュカードを窃取犯人がキャッシュカードとその暗証番号を併せ持つことには財産上の利益の移転性が認められるかについて、「刑法236条2項の「財産上不法の利益」について、「移転性」のある利益に限られ、同項に該当するためには、犯人の利益の取得に対応した利益の喪失が被害者に生じることが必要であると解した上で、被告人が上記のとおり暗証番号を聞き出したとしても、キャッシュカードの暗証番号に関する情報が本件被害者と被告人との間で共有されるだけで、本件被害者の利益が失われるわけではないから、被告人が「財産上不法の利益を得た」とはいえない」として、利益の移転性を否定している。(その上で、2項強盗罪の成立を否定し、強要罪が成立するにすぎないとしています。)。

これに対し、控訴審判決(東京高判平成21年11月16日)は、「2項強盗の罪が成立するためには、財産上の利益が被害者から行為者にそのまま直接移転することは必ずしも必要ではなく、行為者が利益を得る反面において、被害者が財産的な不利益(損害)を被るという関係があれば足りると解される(例えば、暴行、脅迫によって被害者の反抗を抑圧して、財産的価値を有する輸送の役務を提供させた場合にも2項強盗の罪が成立すると解されるが、このような場合に被害者が失うのは、当該役務を提供するのに必要な時間や労力、資源等であって、輸送の役務そのものではない。)。そして、本件においては、被告人が、ATMを通して本件口座の預金の払戻しを受けることができる地位を得る反面において、本件被害者は、自らの預金を被告人によって払い戻されかねないという事実上の不利益、すなわち、預金債権に対する支配が弱まるという財産上の損害を被ることになるのであるから、2項強盗の罪の成立要件に欠けるところはない。原判決は、「被告人が暗証番号を聞き出したとしても、キャッシュカードの暗証番号に関する情報が被告人と本件被害者の間で共有されただけであり、そのことによって、本件被害者の利益が失われるわけではない。」とも説示しているが、これは、暗証番号が情報であることにとらわれ、その経済的機能を看過したものといわざるを得ない。」と述べ、財産上の利益の移転性も認めて、ひいては2項強盗既遂罪の成立を認めている。

これは、利益の移転性をどこまで厳格に考えるのかという問題です。

原判決は、利益の移転性における利得と損失の対応関係について、利益がそのままの形で移転するという直接的な対応関係まで必要であると解した上で、暗証番号という情報が犯人と名義人との間で共有されるにすぎないとの理由から、利益がそのままの形で移転するという直接的な対応関係は認められないとして、利益の移転性を否定しています。

しかし、利益がそのままの形で移転するという直接的な対応関係まで必要とするとあまりにも処罰範囲が狭くなり妥当ではありません。例えば、暴行脅迫を手段として被害者にサービスの提供を強要した場合には、被害者が喪失するのは提供したサービスではなく、サービス提供に要する時間や労力などであることから、利益がそのままの形で移転するという直接的な対応関係は認められず、利益の移転性を欠くとして2項強盗罪の成立が否定され、強要罪(刑法223条)が成立するにとどまります。

控訴審判決は、こうした不都合を踏まえて、利益の移転性における利得と損失の対応関係について、「財産上の利益が被害者から行為者にそのまま直接移転することは必ずしも必要ではなく、行為者が利益を得る反面において、被害者が財産的な不利益(損害)を被るという関係があれば足りる」と緩やかに解釈した上で、「被告人が、ATMを通して本件口座の預金の払戻しを受けることができる地位を得る反面において、本件被害者は、自らの預金を被告人によって払い戻されかねないという事実上の不利益、すなわち、預金債権に対する支配が弱まるという財産上の損害を被ることになる」として利益の移転性を認め、2項強盗罪の成立を肯定しています。

【参考裁判例】東京高判平成21年11月16日

事案:被告人は、被害者方において、本件被害者から強いて窃取に係るキャッシュカードの暗証番号を聞き出し、同人名義の預貯金口座から預貯金の払戻しを受け得る地位を取得しようと企て、同人に対し、同所台所から持ち出した包丁を突き付けながら、「静かにしろ。一番金額が入っているキャッシュカードと暗証番号を教えろ。暗証番号を教えて黙っていれば、殺しはしない。」などと語気鋭く申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧して、同人から、同人名義の埼玉りそな銀行普通預金口座の暗証番号を聞き出した。

判旨:「原判決は、〔1〕被告人が本件被害者から窃取に係るキャッシュカードの暗証番号を聞き出したとしても、財物の取得と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産的利益を得たとは認められないとし、また、〔2〕刑法236条2項の「財産上不法の利益」について、「移転性」のある利益に限られ、同項に該当するためには、犯人の利益の取得に対応した利益の喪失が被害者に生じることが必要であると解した上で、被告人が上記のとおり暗証番号を聞き出したとしても、キャッシュカードの暗証番号に関する情報が本件被害者と被告人との間で共有されるだけで、本件被害者の利益が失われるわけではないから、被告人が「財産上不法の利益を得た」とはいえないとして、強盗罪の成立を否定し、強要罪が成立するにすぎないとしているが…、〔1〕被告人が本件被害者から窃取に係るキャッシュカードの暗証番号を聞き出すことは同人名義の預貯金口座から預貯金の払戻しを受け得る地位を得ることにほかならず、この地位を得ることは、財物の移転と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産的利益を得たものということができ、また、〔2〕いわゆる2項強盗の罪が成立するためには、財産上の利益自体が被害者から行為者にそのまま直接移転することは必要でなく、被害者が不利益を被る反面、行為者が利益を得るという関係にあれば、行為者の利益と被害者の不利益の間に完全な対応関係がなくてもよいと解され、本件においても、被告人が財産上の利益を得た反面、本件被害者は不利益を被っており、2項強盗の罪が成立するから、原判決は事実を誤認し、かつ刑法236条2項の解釈を誤った結果、その適用を誤ったものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。
1〔1〕の点について
 …略… キャッシュカードを窃取した犯人が、被害者に暴行、脅迫を加え、その反抗を抑圧して、被害者から当該口座の暗証番号を聞き出した場合、犯人は、現金自動預払機(ATM)の操作により、キャッシュカードと暗証番号による機械的な本人確認手続を経るだけで、迅速かつ確実に、被害者の預貯金口座から預貯金の払戻しを受けることができるようになる。このようにキャッシュカードとその暗証番号を併せ持つ者は、あたかも正当な預貯金債権者のごとく、事実上当該預貯金を支配しているといっても過言ではなく、キャッシュカードとその暗証番号を併せ持つことは、それ自体財産上の利益とみるのが相当であって、キャッシュカードを窃取した犯人が被害者からその暗証番号を聞き出した場合には、犯人は、被害者の預貯金債権そのものを取得するわけではないものの、同キャッシュカードとその暗証番号を用いて、事実上、ATMを通して当該預貯金口座から預貯金の払戻しを受け得る地位という財産上の利益を得たものというべきである。
 原判決は、キャッシュカードが盗難に係るものである場合には、銀行が払戻しを拒む正当な理由があることもその論拠としているが、被害者等からキャッシュカードの盗難届等が出されない限り、銀行側において被害の事実を知り得ず、犯人はATMによって預貯金の払戻しを受けられるのであるから、この点は2項強盗の罪の成立を妨げる理由とはならない(もとより、一旦成立した犯罪がその後盗難届等が出されたことなどによって消滅するものでもない。)。
 もっとも、本件においては、前記のとおり、被告人は、南側和室にあった本件被害者のバッグを同じ部屋の隅の壁際に移動させたのみで、財布の中に数枚のキャッシュカードがあることを確認した後、キャッシュカードの入った財布を同バッグの中に戻し、その状態のまま、本件被害者からキャッシュカードの暗証番号を聞き出しており、本件被害者から暗証番号を聞き出そうとした時点までに、被告人がキャッシュカードを窃取していたといえるかどうかは、疑問の余地がある。バッグを移動した場所は壁側で、本件被害者において目を覚ませば当然に見通せるとはいえないものの、本件被害者が隣室をのぞけば容易に目にすることのできる位置にそのままの状態で移動したにすぎないことからすれば、いまだ本件被害者の占有を排除して自己の占有を確立したとまではいい難く、キャッシュカードの窃取は完了していないというべきである。しかしながら、被告人は、キャッシュカードをいつでも容易に取得できる状態に置いた上で暗証番号を聞き出そうとしたもので、このような本件の事実関係の下においては、被告人において本件被害者からキャッシュカードの暗証番号を聞き出すことの持つ意味は、被告人が既にキャッシュカードの占有を確立している場合と何ら異ならないというべきであるから、この点は2項強盗の罪の成立を妨げるものとはいえない。
 したがって、被告人が本件被害者から本件口座の暗証番号を聞き出しても、財物の取得と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産的利益を得たとは認められないとした原判決は、法令の適用の前提となる事実の認定ないし評価を誤ったものというべきである。
2〔2〕の点について
 原判決は、刑法236条2項の財産上の利益は移転性のあるものに限られるというのであるが、2項強盗の罪が成立するためには、財産上の利益が被害者から行為者にそのまま直接移転することは必ずしも必要ではなく、行為者が利益を得る反面において、被害者が財産的な不利益(損害)を被るという関係があれば足りると解される(例えば、暴行、脅迫によって被害者の反抗を抑圧して、財産的価値を有する輸送の役務を提供させた場合にも2項強盗の罪が成立すると解されるが、このような場合に被害者が失うのは、当該役務を提供するのに必要な時間や労力、資源等であって、輸送の役務そのものではない。)。そして、本件においては、被告人が、ATMを通して本件口座の預金の払戻しを受けることができる地位を得る反面において、本件被害者は、自らの預金を被告人によって払い戻されかねないという事実上の不利益、すなわち、預金債権に対する支配が弱まるという財産上の損害を被ることになるのであるから、2項強盗の罪の成立要件に欠けるところはない。
 原判決は、「被告人が暗証番号を聞き出したとしても、キャッシュカードの暗証番号に関する情報が被告人と本件被害者の間で共有されただけであり、そのことによって、本件被害者の利益が失われるわけではない。」とも説示しているが、これは、暗証番号が情報であることにとらわれ、その経済的機能を看過したものといわざるを得ない。
 したがって、刑法236条2項の財産上の利益は移転性のあるものに限られ、2項強盗の罪が成立するためには、犯人の利益の取得に対応した利益の喪失が被害者に生じることが必要であるとする原判決は、同項の解釈を誤ったものというべきである。
3 結論
 以上のとおり、原判決は、前記公訴事実につき、事実の認定ないし評価及び刑法236条2項の解釈を誤った結果、強盗罪の成立を否定して強要罪を認定するにとどめる法令の適用の誤りを犯したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。」

執筆者

加藤 喬

加藤ゼミナール代表・弁護士

青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院 修了
総合39位・労働法1位で司法試験合格
基本7科目・労働法・実務基礎科目の9科目を担当