加藤 喬
加藤ゼミナール代表・弁護士
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院 修了
総合39位・労働法1位で司法試験合格
基本7科目・労働法・実務基礎科目の9科目を担当
承継的共同正犯の肯否は、先行者が特定の犯罪の実行に着手し、まだ実行行為を全部終了しない間に、後行者が先行者との共謀に基づき残りの実行行為を行った場合、後行者は関与前の先行者の行為・結果について共同正犯としての責任を負うか、という問題でです。
例えば、XがVに暴行を加えている途中で、YがXとの現場共謀に基づいてXとともにVに暴行を加えたところ、VがYの共謀加担前におけるXの暴行によって負傷していたという事案において、承継的共同正犯の成立を認めると、YはXとともに傷害罪の共同正犯となります。これに対し、承継的共同正犯を否定すると、XとYは暴行罪の限度で共同正犯となり、Xは傷害について別途傷害罪の単独正犯となります(Yは、傷害の結果について刑事責任を負いません。)。
なお、Yの共謀加担後におけるX又はYの暴行により生じた負傷については、承継的共同正犯を否定する立場からも、問題なく、XとYは傷害罪の共同正犯となります。
承継的共同正犯については、①完全犯罪共同説の立場から全面的に肯定する見解(全面肯定説)、②因果共犯論の立場から全面的に否定する見解(全面否定説)、③一定の範囲で肯定するにとどまる中間説があります。
学説の多くは、因果共犯論の立場から、共同正犯の処罰根拠である因果性の内容を構成要件該当事実の共同惹起であると理解した上で、加功前の事実に対して因果性が認められることはあり得ない以上、承継的共同正犯は全面的に認められないと解する全面否定説を支持しています。
すなわち、承継的共同正犯が問題となる事案では、後行者の共謀加功前に先行者によって構成要件該当事実の一部が惹起されており、因果性が過去に遡及しない以上、後行者が共謀加功前に先行者によって惹起された構成要件該当事実の一部に対して因果性を及ぼすことはできないから、後行者が構成要件該当事実の全部に対して因果性を及ぼすことはあり得ないわけです。
そうである以上、共同正犯の処罰根拠を構成要件該当事実の共同惹起を内容とする因果性に求め、かつ、共同正犯の成立には共犯者が構成要件該当事実の全部に対して因果性を及ぼす必要があると理解する限り、承継的共同正犯の事案において後行者が共同正犯の処罰根拠を満たす余地はないため、承継的共同正犯は全面的に否定するべきこととなるわけです。
こうした理由から、学説の多くは、因果共犯論の立場から②全面否定説を支持しています。
しかし他方で、処罰の隙間を埋める必要性にも配慮するならば、③中間説に立ち、一定の範囲の承継的共同正犯を肯定するべきであるともいえます。
③中間説には、積極的利用説と、因果性を基準にする説(ここでは、便宜上「因果性基準説」と呼ぶこととします。)
積極的利用説は、後行者が、先行者の行為及びこれにより生じた結果を自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用した場合に実体法上の一罪(狭義の単純一罪に限らない)の範囲で承継的共同正犯の成立を認める見解であり、大阪高判昭和62年7月10日(暴力団事務所暴行傷害事件)の立場です。
<大阪高判昭和62年7月10日・暴力団事務所暴行傷害事件>
” 一般に、先行者の犯罪にその途中から共謀加担した後行者に対し加担前の先行者の行為及びこれによつて生じた結果(以下、「先行者の行為等」という。)をも含めた当該犯罪全体につき共同正犯の刑責を問い得るのかどうかについては、これをすべて否定する見解(所論及び弁護人の当審弁論は、この見解を採る。以下「全面否定説」という。)や、後行者において、先行者の行為等を認識・認容して一罪の一部に途中から共謀加担した以上常に全体につき共同正犯の刑責を免れないとする見解(検察官の当審弁論の見解であり、原判決もこれによると思われる。以下「全面肯定説」という。)もあるが、当裁判所としては、右いずれの見解にも賛同し難い。右のうち、全面否定説は、刑法における個人責任の原則を重視する見解として注目に値するが、後行者において、先行者の行為等を認識・認容するに止まらず、積極的にこれを自己の犯罪遂行の手段として利用したと認められる場合には、先行者の行為等を実質上後行者の行為と同視し得るというべきであるのに、このような場合まで承継的共同正犯の成立を否定する見解は、妥当でないと考えられる。他方、全面肯定説は、実体法上の一罪は、分割不可能な一個の犯罪であるから、このような犯罪に後行者が共謀加担したものである以上、加担前の先行者の行為等を含む不可分的全体につき当然に共同正犯の成立を認めるほかないとする点に論拠を有すると考えられる。右見解が、承継的共同正犯の成立を実体法上の一罪に限定する点は正当であり、また、実体法上の一罪の中に分割不可能なものの存することも明らかなところであるが、実体法上一罪とされるものの中にも、これを構成する個々の行為自体が、形式的にはそれぞれ一個の構成要件を充足するものであるけれども、実質的にみてその全体を一個の構成要件により一回的に評価すれば足りるとして一罪とされるもの(接続犯、包括一罪等)があることを考えると、実体法上の一罪のすべてが絶対に分割不可能であるということは、独断であるといわなければならない。しかも、右見解においては、たとえ分割不可能な狭義の単純一罪に加担した場合であつても、後行者が先行者の行為等を認識・認容していたに止まるのであれば、何故に、先行者の行為による結果についてまで後行者に刑責を問い得るのかについての納得し得る説明がなされていない。
思うに、先行者の犯罪遂行の途中からこれに共謀加担した後行者に対し先行者の行為等を含む当該犯罪の全体につき共同正犯の成立を認め得る実質的根拠は、後行者において、先行者の行為等を自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用したということにあり、これ以外には根拠はないと考えられる。従つて、いわゆる承継的共同正犯が成立するのは、後行者において、先行者の行為及びこれによつて生じた結果を認識・認容するに止まらず、これを自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用する意思のもとに、実体法上の一罪(狭義の単純一罪に限らない。)を構成する先行者の犯罪に途中から共謀加担し、右行為等を現にそのような手段として利用した場合に限られると解するのが相当である。”(大阪高判昭和62年7月10日)
しかし、積極的利用説には、「後行者において、先行者の行為及びこれによつて生じた結果…を自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用する意思のもとに、実体法上の一罪…を構成する先行者の犯罪に途中から共謀加担し、右行為等を現にそのような手段として利用した場合」には、後行者が構成要件該当事実の全部に対して因果性を及ぼしていないにもかかわらず承継的共同正犯の成立が認められるどころか、因果性を及ぼしていない構成要件的結果についてまでも承継的共同正犯の成立が認められることになるため、因果共犯論の立場からの説明に窮するという問題点があります。
この問題を解消し得るのが、因果性基準説です。
因果性基準説は、後行者の関与行為(共謀及びそれに基づく行為)が構成要件的結果に対して因果性を有する限りにおいて承継的共同正犯の成立が認められるとする見解であり、平成24年最決(最二小決平成24年11月6日・松山集団暴行事件)の立場です。
確かに、因果性基準説であっても、後行者の関与行為が構成要件的結果に対して因果性を有する場合には、構成要件該当事実の全部に対して因果性を有しているわけではないにもかかわらず、承継的共同正犯の成立を認めることになるため、共同正犯の処罰根拠を構成要件該当事実の共同惹起を内容とする因果性に求める因果共犯論の立場から当然に導くことができるわけではありません。
しかし、前述した通り、処罰の隙間を埋める必要性にも配慮して、一定の範囲の承継的共同正犯を肯定するべきとの要請もあるわけです。
そこで、承継的共同正犯が問題となる事案では、処罰の隙間を埋める必要性にも配慮して、構成要件該当事実全体にわたる因果性までは要求するべきではなく、構成要件該当事実において最も重要である構成要件的結果に対する因果性が認められるのであれば、その限りで承継的共同正犯を肯定するべきであるとして、共同正犯の処罰根拠である因果性の要求水準を緩和するわけです。
このように理解することにより、因果性基準説を因果共犯論の立場から説明することができるわけです。
積極的利用説では、「後行者において、先行者の行為及びこれによつて生じた結果…を自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用する意思のもとに、実体法上の一罪…を構成する先行者の犯罪に途中から共謀加担し、右行為等を現にそのような手段として利用した場合」には、後行者の関与行為が構成要件的結果に対して因果性を及ぼしていないときであっても、承継的共同正犯の成立が認められることになります。
これに対し、因果性基準説では、後行者の関与行為が構成要件的結果に対して因果性を及ぼしていない場合には、たとえ「後行者において、先行者の行為及びこれによつて生じた結果…を自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用する意思のもとに、実体法上の一罪…を構成する先行者の犯罪に途中から共謀加担し、右行為等を現にそのような手段として利用した」といえるときであっても、承継的共同正犯の成立は認められません。
この点について、正面から問題となったのが、最二小決平成24年11月6日・松山集団暴行事件における原審と最高裁です。
本事件では、乙は、甲の暴行により傷害を負ったVが抵抗困難な状態に陥っていたことから、甲と現場共謀の上、かかる状況を積極的に利用することでVに対して制裁目的で暴行を加えたという事案において、乙について傷害罪の承継的共同正犯の成否が問題となりました。
原審は、積極的利用説の立場から、「乙は、甲…の行為及びこれによって生じた結果を認識、認容し、さらに、これを制裁目的による暴行という自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用する意思の下に、一罪関係にある傷害に途中から共謀加担し、上記行為等を現にそのような制裁の手段として利用したものである」と認定し、そのことを根拠として「乙は、乙の共謀加担前の甲…の暴行による傷害を含めた全体について、承継的共同正犯として責任を負う」と判示しました。
これに対し、最高裁は、因果性基準説の立場から、「…乙は、共謀加担前に甲が既に生じさせていた傷害結果については、乙の共謀及びそれに基づく行為がこれと因果関係を有することはないから、傷害罪の共同正犯として責任を負うことはな…い…。…乙において、Vが甲の暴行を受けて負傷し、逃亡や抵抗が困難になっている状態を利用して更に暴行に及んだ…事実があったとしても、それは、乙が共謀加担後に更に暴行を行った動機ないし契機にすぎず、共謀加担前の傷害結果について刑事責任を問い得る理由とはいえないものであって、傷害罪の共同正犯の成立範囲に関する上記判断を左右するものではない。」と述べ、共謀加担前に生じた傷害結果に関する乙の傷害罪の承継的共同正犯の成立を否定しています。
<最二小決平成24年11月6日・松山集団暴行事件>
事案:乙は、甲の暴行により傷害を負ったVが抵抗困難な状態に陥っていたことから、甲と現場共謀の上、かかる状況を積極的に利用することでVに対して制裁目的で暴行を加えたという事案において、乙について傷害罪の承継的共同正犯の成否が問題となった。
要旨:「原判決は、以上の事実関係を前提に、乙は、甲らの行為及びこれによって生じた結果を認識、認容し、さらに、これを制裁目的による暴行という自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用する意思の下に、一罪関係にある傷害に途中から共謀加担し、上記行為等を現にそのような制裁の手段として利用したものであると認定した。その上で、原判決は、乙は、乙の共謀加担前の甲らの暴行による傷害を含めた全体について、承継的共同正犯として責任を負うとの判断を示した。
…所論は、乙の共謀加担前の甲らの暴行による傷害を含めて傷害罪の共同正犯の成立を認めた原判決には責任主義に反する違法があるという。
そこで検討すると、前記…の事実関係によれば、乙は、甲らが共謀してVらに暴行を加えて傷害を負わせた後に、甲らに共謀加担した上、金属製はしごや角材を用いて、…Vの頭、肩、背中や足を殴打し…ており、少なくとも、共謀加担後に暴行を加えた上記部位についてはV…の傷害(したがって、第1審判決が認定した傷害のうち…Vの右母指基節骨骨折は除かれる。以下同じ。)を相当程度重篤化させたものと認められる。この場合、乙は、共謀加担前に甲らが既に生じさせていた傷害結果については、乙の共謀及びそれに基づく行為がこれと因果関係を有することはないから、傷害罪の共同正犯としての責任を負うことはなく、共謀加担後の傷害を引き起こすに足りる暴行によってV…の傷害の発生に寄与したことについてのみ、傷害罪の共同正犯としての責任を負うと解するのが相当である。原判決の上記…の認定は、乙において、V…が甲らの暴行を受けて負傷し、逃亡や抵抗が困難になっている状態を利用して更に暴行に及んだ趣旨をいうものと解されるが、そのような事実があったとしても、それは、乙が共謀加担後に更に暴行を行った動機ないし契機にすぎず、共謀加担前の傷害結果について刑事責任を問い得る理由とはいえないものであって、傷害罪の共同正犯の成立範囲に関する上記判断を左右するものではない。そうすると、乙の共謀加担前に甲らが既に生じさせていた傷害結果を含めて乙に傷害罪の共同正犯の成立を認めた原判決には、傷害罪の共同正犯の成立範囲に関する刑法60条、204条の解釈適用を誤った法令違反があるものといわざるを得ない。」
因果性基準説からは、強盗罪、詐欺罪及び恐喝罪の事案では、後行者の関与行為が財物の占有移転や財産上の利益の移転という構成要件的結果に対して因果性を及ぼすことが可能であるため、承継的共同正犯の成立を認める余地があると理解されています。
平成24年最決の千葉勝美裁判官の補足意見でも、そのことが示唆されています。
” 一般的には、共謀加担前後の一連の暴行により生じた傷害の中から、後行者の共謀加担後の暴行によって傷害の発生に寄与したことのみを取出して検察官に主張立証させてその内容を特定させることになるが、実際にはそれが具体的に特定できない場合も容易に想定されよう。その場合の処理としては、安易に暴行罪の限度で犯罪の成立を認めるのではなく、また、逆に、この点の立証の困難性への便宜的な対処として、因果関係を超えて共謀加担前の傷害結果まで含めた傷害罪についての承継的共同正犯の成立を認めるようなことをすべきでもない。
…(中略)…
なお、このように考えると、いわゆる承継的共同正犯において後行者が共同正犯としての責任を負うかどうかについては、強盗、恐喝、詐欺等の罪責を負わせる場合には、共謀加担前の先行者の行為の効果を利用することによって犯罪の結果について因果関係を持ち、犯罪が成立する場合があり得るので、承継的共同正犯の成立を認め得るであろうが、少なくとも傷害罪については、このような因果関係は認め難いので(法廷意見が指摘するように、先行者による暴行・傷害が、単に、後行者の暴行の動機や契機になることがあるに過ぎない。)、承継的共同正犯の成立を認め得る場合は、容易には想定し難いところである。”(千葉勝美裁判官の補足意見)
また、「令和6年 重要判例解説」(有斐閣)にも事件1として搭載されている広島高裁令和6年6月13日も、因果性基準説の立場から、強盗罪の承継的共同正犯の成立を認めています。
<広島高裁令和6年6月13日>
事案:甲は、投資資金としてVに預けた現金相当額を回収する目的でVから現金等を奪おうと考え、Vに対し暴行脅迫を加えた際、乙が、Vの反抗が抑圧された状態にあるのに乗じ、自らも投資資金としてVに預けた現金相当額を回収する目的でVから現金等を奪おうと考え、甲と共謀の上、Vの反抗抑圧状態を利用して、室内を物色するとともにVが管理する現金約11万円を強取した。
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要旨:「原判決は、…乙において、…暴行脅迫を行った甲との間においても、Vが反抗抑圧状態にあるのに乗じて現金等を奪うことにつき、互いに意を通じていたと認定し、乙に強盗罪の共同正犯が成立するとの判断を示し、原判示事実を認定したものである。
…(中略)…
所論は、強盗罪の承継的共同正犯に関し、共犯が他人の行った行為によって惹起された法益侵害結果についても罪責を負うのは、共犯行為を通じて法益侵害結果との間で因果関係を有しているからであり、自己が全く関与していない先行者の行為について後行者が罪責を負う理由はなく、承継的共同正犯は本来的に認められないとした上で、強盗罪においては、財物奪取行為のみ加担した後行者は、先行者の暴行脅迫行為によってもたらされた被害者の反抗抑圧状態という法益侵害結果に対して原因となる行為を何ら行っていないのであるから、その結果に対して因果性を有しておらず、しかも、強盗罪は法定刑の重さに照らしても単純な財産犯ではなく、生命、身体、自由が副次的とはいえない重要な保護法益となっているのであるから、先行者による暴行脅迫によって生じた被害者の生命、身体、自由に対する法益侵害結果を後行者に帰責することはできず、強盗罪の承継的共同正犯を肯定した原判決には事実誤認ないし法令適用の誤りがある,などというのである。
しかしながら、本件においては、先行者である甲の暴行により被害者が反抗を抑圧された状態となったところ、後行者である乙の共謀加担後もその効果ないし状態が継続しており、その効果ないし状態に乗じて後行者である乙が甲らと共同して財物奪取という犯罪の結果を実現しているのであるから、乙の行為は強盗罪の第一次的な保護法益である財物の占有を侵害したという結果に因果関係を有しており、乙には強盗罪の承継的共同正犯が成立するというべきである。」
また、所論は、後行者が先行行為である暴行脅迫によって生じた反抗抑圧状態を利用して財物を奪取した場合と、自らが財物奪取に向けられていない暴行脅迫をして相手方を反抗抑圧状態とした後に財物を奪取した場合は、相手方の反抗抑圧状態を利用しているという点において状況としては同一であるのに、前者では強盗罪の承継的共同正犯の成立を認め、後者では強盗罪の成立を認めないのは矛盾しているなどともいうのである。
しかしながら、強盗罪の承継的共同正犯は、先行者が財物奪取に向けて相手方の反抗を抑圧するに足りる暴行脅迫を加え、強盗罪所定の「暴行又は脅迫」が行われている場合に成立し得るものであって、自らが相手方に財物奪取に向けた暴行脅迫を加えていない場合とは、法的観点からみて全く状況が異なるのであるから、両者の場合に矛盾があるなどという所論は当を得た指摘とはいえない。
所論を踏まえて検討してみても、本件事実関係において、乙に強盗罪の承継的共同正犯が成立すると判断した原判決に事実の誤認ないし法令適用の誤りがあるとは認められない。」