加藤ゼミナールについて

【承継的共同正犯】だまされたふり作戦事件

2025年06月27日

前回のコラム”承継的共同正犯】積極的利用説 VS 因果性基準説 “に引き続き、承継的共同正犯に関する重要判例を取り上げます。

最三小決平成29年12月11日は、①先行者XのVに対する欺罔行為 → ②Vは嘘を見破り錯誤に陥らなかった → ②Vは警察と協力し、だまされたふりをして現金が入っていない箱を指定された場所に発送した → ④後行者Yは、Xと共謀の上、指定された場所においてVから発送された現金が入っていない荷物を受領した、という詐欺未遂の事案において、因果性の有無に言及することなく、後行者Yが「本件詐欺を完遂する上で本件欺罔行為と一体のものとして予定されていた本件受領行為に関与している」ことを根拠に、詐欺未遂罪の承継的共同正犯の成立を認めました。

”  前記…の事実関係によれば、Yは、本件詐欺につき、共犯者による本件欺罔行為がされた後、だまされたふり作戦が開始されたことを認識せずに、Xと共謀の上、本件詐欺を完遂する上で本件欺罔行為と一体のものとして予定されていた本件受領行為に関与している。そうすると、だまされたふり作戦の開始いかんにかかわらず、Yは、その加功前の本件欺罔行為の点も含めた本件詐欺につき、詐欺未遂罪の共同正犯としての責任を負うと解するのが相当である。”(最三小決平成29年12月11日

もっとも、本件では、純客観的に見れば、詐欺未遂罪における法益侵害(Vの法益関係的錯誤に基づく処分行為による現金の占有喪失の危険の発生)は、先行者Xの欺罔行為(①の段階)により発生し、Vが嘘を見破った時点(②の段階)で終了しています。そのため、後行者Yが共謀加担した④の段階では、詐欺未遂罪における法益侵害の危険は終了しているため、後行者Yが本件荷物を受領したことにより、詐欺未遂罪における法益侵害の危険に対して因果性を及ぼしたとはいえないはずです。そうである以上、因果性を基準とする立場からは、承継的共同正犯の成立を認めることはできないはずです。これが、だまされたふり作戦事件における問題の所在です。

原審(福岡高判平成29年5月31日)は、承継的共同正犯と不能犯に関する議論を区別した上で、(1)承継的共同正犯については、因果性を基準とする立場から、だまされたふり作戦の開始という事情を度外視して因果性の有無を判断し、「欺岡行為の終了後、財物交付の部分のみに関与した者についても、本質的法益の侵害について因果性を有する以上、詐欺罪の共犯と認めてよいし、その役割の重要度等に照らせば正犯性も肯定できる。」と述べて肯定し、(2)未遂犯と不能犯の区別においては、具体的危険説の立場から、だまされたふり作戦の開始については一般人の認識可能性も後行者Yの認識もないとして基礎事情から除外し、「被告人が本件荷物を受領した行為を外形的に観察すれば、詐欺の既遂に至る現実的危険性があったということができる。」と認定し、結論として詐欺未遂罪の共同正犯の成立を認めました。

”  財物交付の部分のみに関与した被告人につき、いわゆる承継的共同正犯として詐欺罪の成立を認め得るかにっいてみると、先行する欺岡行為とあいまって、財産的損害の発生に寄与し得ることは明らかである。また、詐欺罪における本質的な保護法益は個人の財産であって、欺岡行為はこれを直接侵害するものではなく、錯誤に陥った者から財物の交付を受ける点に、同罪の法益侵害性があるというべきである。そうすると、欺岡行為の終了後、財物交付の部分のみに関与した者についても、本質的法益の侵害について因果性を有する以上、詐欺罪の共犯と認めてよいし、その役割の重要度等に照らせば正犯性も肯定できる。未遂犯として処罰すべき法益侵害の危険性があったかの判断に際しては、当該行為時点でその場に置かれた一般人が認識し得た事情と、行為者が特に認識していた事情とを基礎とすべきであり、この点における危険性の判定は規範的観点から行われるものであるから、一般人が、その認識し得た事情に基づけば結果発生の不安感を抱くであろう場合には、法益侵害の危険性があるとして未遂犯の当罰性を肯定してよく、敢えて被害者固有の事情まで観察し得るとの条件を付加する必然性は認められない。そうすると、本件で「騙されたふり作戦」が行われていることは一般人において認識し得ず、被告人ないし本件共犯者も認識していなかったから、これを法益侵害の危険性の判断に際しての基礎とすることは許されず、被告人が本件荷物を受領した行為を外形的に観察すれば、詐欺の既遂に至る現実的危険性があったということができる。”(福岡高判平成29年5月31日)

しかし、承継的共同正犯と不能犯に関する議論を区別した上で、(1)承継的共同正犯の肯否では、だまされたふり作戦の開始という事情を無視して因果性の有無を判断し、(2)未遂犯と不能犯の区別において初めて、だまされたふり作戦の開始という事情を問題にするという理論構成には、疑問があります。

この理論構成では、純客観的に見れば、後行者Yが共謀加担した時点では詐欺未遂罪の法益侵害の危険は既に終了しており、後行者Yが詐欺未遂罪の法益侵害の危険に対して因果性を及ぼす余地がないにもかかわらず、具体的危険説などにより法益侵害の危険があると論証することなく、後行者Yが詐欺未遂罪の法益侵害の危険に対して因果性を及ぼしたことを認めることになるからです。

私は、だまされたふり作戦事件においては、「承継的共同正犯の肯否」と「未遂犯と不能犯の区別」に関する問題を切り離して論じるのではなく、承継的共同正犯における因果性の有無の判断の際に、不能犯に関する具体的危険説を援用するべきであると考えます。

すなわち、具体的危険説の立場からは、だまされたふり作戦の開始については、一般人の認識可能性も後行者Yの認識もないため、法益侵害の危険の有無の判断において基礎事情から除外されることになり、その結果、「Vは嘘に気が付いておらず、錯誤に基づいて、現金が入っている箱を指定された場所に発送した」、すなわち詐欺罪の法益侵害の危険はいまだ存続していたという前提に立って、後行者Yが本件荷物を受領したことにより詐欺罪の法益侵害の危険に対して因果性を及ぼしたといえるかどうかを判断するわけです。

このように判断すると、後行者Yは、先行者Xとの共謀に基づき、本件詐欺を完遂する上で先行者Xの欺罔行為と一体のものとして予定されていた本件受領行為に関与することにより、Vが錯誤に陥り現金を交付することでその占有を喪失する危険性を持続又は増大させたといえるとして、詐欺未遂罪の法益侵害の危険に対して因果性を及ぼしたといえるため、詐欺未遂罪の承継的共同正犯の成立を認めることができます。

最三小決平成29年12月11日については、因果性の有無に言及することなく、後行者Yが「本件詐欺を完遂する上で本件欺罔行為と一体のものとして予定されていた本件受領行為に関与している」ことを根拠に、詐欺未遂罪の承継的共同正犯の成立を認めているため、因果性を基準とした最二小決平成24年11月6日とは異なる判断枠組みを採用しているとの評価もあります。

もっとも、最三小決平成29年12月11日は特殊な事案に関するものであるため、これをもって最高裁が因果性を基準とする立場を放棄したと評価するべきではありません。

司法試験・予備試験では引き続き、承継的共同正犯については、因果性を基準とする立場を採用するべきであると考えます。

 

執筆者

加藤 喬

加藤ゼミナール代表・弁護士

青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院 修了
総合39位・労働法1位で司法試験合格
基本7科目・労働法・実務基礎科目の9科目を担当