加藤 喬
加藤ゼミナール代表・弁護士
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院 修了
総合39位・労働法1位で司法試験合格
基本7科目・労働法・実務基礎科目の9科目を担当
最三小判令和7年7月11日は、振り込め詐欺事件で出し子(本事件では被告人Xであり、以下「X」という。)と実行犯である架け子(本件では、氏名不詳者ら。)との間における共謀の成否が争点となった事案において、以下の事実関係を前提として、Xと氏名不詳者らとの間における本件各電子計算機使用詐欺の共謀を認め、電子計算機使用詐欺罪の共謀共同正犯(刑法60条、246条の2)の成立を認めました。
本事件では、Xと氏名不詳者らとの間における本件各電子計算機使用詐欺の共謀の成否が争点となっており、控訴審判決と最高裁とで判断が対立しています。
控訴審判決(仙台高判令和6年1月30日)は、次のように述べて、共謀を認めてXについて有罪判決を言い渡した第1審判決を破棄し、本件各電子計算機使用詐欺について無罪を言い渡しました。
” 第1審判決は、本件各電子計算機使用詐欺の共謀を認めるに当たり、Xと氏名不詳者らとの間に本件各電子計算機使用詐欺についての意思連絡があったといえるかを十分に検討しておらず、また、Xが本件各電子計算機使用詐欺の実行行為を何ら分担せず、その内容について全く知らなかったという事案の特質を十分に踏まえておらず、このような判断方法自体不合理である。
証拠関係を踏まえて検討しても、Xが本件各電子計算機使用詐欺の行為態様等の本質的な部分を含め、その内容を全く把握しておらず、氏名不詳者らにおいても本件各電子計算機使用詐欺に関するXの認識の有無について関心を有していなかったことなどからすれば、Xと氏名不詳者らとの間に本件各電子計算機使用詐欺についての意思連絡があったとは認められない。さらに、Xが本件各電子計算機使用詐欺の実行行為を何ら分担していないこと、X以外にも振込先口座から現金を引き出す役割を果たす者がいた可能性があり、Xの存在が必要不可欠であるとはいえないこと、Xが本件各窃盗の報酬と認識して報酬を受け取っていたことなども踏まえれば、本件各電子計算機使用詐欺の共謀を認めることはできず、第1審判決の結論は是認できない。”(仙台高判令和6年1月30日)
控訴審判決は、共謀共同正犯における共謀を「意思連絡+役割の重要性」と捉えた上で、本件各電子計算機詐欺について、Xには意思連絡も役割の重要性も認められないとして、共謀を否定しています。
意思連絡については、①「Xが本件各電子計算機使用詐欺の行為態様等の本質的な部分を含め、その内容を全く把握しておらず、氏名不詳者らにおいても本件各電子計算機使用詐欺に関するXの認識の有無について関心を有していなかったことなど」を理由に否定し、役割の重要性については、②「Xが本件各電子計算機使用詐欺の実行行為を何ら分担していないこと、X以外にも振込先口座から現金を引き出す役割を果たす者がいた可能性があり、Xの存在が必要不可欠であるとはいえないこと、Xが本件各窃盗の報酬と認識して報酬を受け取っていたことなど」を理由に否定しています。
これに対し、最高裁判決は、意思連絡も役割の重要性もあるとして、Xと氏名不詳者らとの間における本件各電子計算機使用詐欺の共謀を認めました。
共謀共同正犯は司法試験における超頻出論点であり、成立要件について正しく充実した当てはめができるか否かでも大きな差が付きます(H20、H24、H28、R3等)。
共謀共同正犯における共謀の内容をどのように捉えるべきかはさておき、これまでは、意思連絡プラスアルファの要件(役割の重要性、正犯性、正犯意思など、学者によって理解が異なる)が争点になることがほとんどでしたが、本事件では、意思連絡の有無も争点になっていることに特色があります(なお、意思連絡の有無が争点となった有名な事件としては、スワット事件(最一小決平成15年5月1日)があります。)。
今後の司法試験(さらには予備試験)でも、同種事案が出題される可能性があるので、当てはめの着眼点(最高裁と原審の相違を含む。)をしっかりとおさえておきましょう。
.
<最三小判令和7年7月11日>
判旨:「しかしながら、原判決の前記判断は是認することができない。その理由は、以下のとおりである。
1 第1審判決及び原判決の認定並びに記録によると、本件の事実関係は、次のとおりである。
⑴ Xは、令和3年10月初旬頃、インターネット上の掲示板で知り合った氏名不詳者らから、現金自動預払機から現金を引き出す「仕事」の依頼を受け、暗証番号が記載された他人名義のキャッシュカード複数枚の交付を受けた。Xは、氏名不詳者らから、平日午前9時頃から前記キャッシュカードを所持して現金自動預払機付近で待機し、電話の指示で直ちに現金を引き出すこと、報酬は引き出した現金50万円につき1万円であることなどを伝えられた。Xは、この「仕事」が特殊詐欺等の犯罪行為によって得られた現金を引き出すものである可能性を認識した上で、これを引き受けた。
⑵ Xは、前記依頼の翌日以降、平日午前9時頃から午後5時頃までの間、現金自動預払機の設置場所付近で待機し、氏名不詳者らから電話で指示があれば直ちに、前記キャッシュカードのうち指示されたものを用いて現金自動預払機から現金を引き出し、氏名不詳者らの指示に従って、引き出した現金から報酬を差し引き、残りを指定されたコインロッカーに入れるなどして回収役の者に交付した。Xは、暗証番号が記載された他人名義のキャッシュカードを更に受け取るなどしながら、これと同様の流れで、本件各窃盗に及んだ。
2 以上の事実関係は、Xの引き出す現金が詐欺等の犯罪に基づいてXの所持するキャッシュカードに係る預貯金口座に振込送金されたものであることを十分に想起させ、本件のような態様の電子計算機使用詐欺も、Xが想定し得る詐欺等の犯罪の範囲に含まれていたといえるから、Xは、そのような電子計算機使用詐欺に関与するものである可能性を認識していたと推認できる。Xは、この認識の下、本件各電子計算機使用詐欺の当日午前9時頃から現金自動預払機の設置場所付近で待機し、氏名不詳者らにおいても、Xが待機し現金の引き出しを行うことを前提として、本件各電子計算機使用詐欺に及んだといえるから、本件各電子計算機使用詐欺の初回の犯行までには、氏名不詳者らが行い、Xが現金の引き出しを担う電子計算機使用詐欺について、暗黙のうちに意思を通じ合ったと評価することができる。そして、Xは、氏名不詳者らから指示を受けて、Aらが振込送金する操作をしてから短時間のうちに現金を引き出しているところ、Xが果たした役割は、本件各電子計算機使用詐欺による財産上不法の利益を直ちに現金として引き出して確保するという本件各電子計算機使用詐欺の犯行の目的を達成する上で極めて重要なものということができる。したがって、本件の事実関係の下においては、Xと氏名不詳者らとの間で、本件各電子計算機使用詐欺の共謀が認められる。
原判決は、Xが本件各電子計算機使用詐欺の行為態様等を全く把握しておらず、氏名不詳者らにおいてもXの認識の有無について関心を有していなかったことを重視するが、そのような事情は意思連絡を認める妨げとはならない上、Xの認識内容を具体的に検討することなく、本件各電子計算機使用詐欺についての意思連絡を否定しており、不合理といわざるを得ない。また、原判決は、Xが本件各電子計算機使用詐欺の実行行為を何ら分担していないこと、X以外にも振込先口座から現金を引き出す役割を果たす者がいた可能性があり、Xの存在が必要不可欠であるとはいえないこと、Xが本件各窃盗の報酬と認識して報酬を受け取っていたことなどを指摘して、共謀が認められないともいう。しかし、それらの事情は、Xが氏名不詳者らと意思を通じ合って本件各電子計算機使用詐欺による財産上不法の利益を確保するという極めて重要な役割を担ったことに鑑みれば、共謀を否定する事情となり得ない。
3 したがって、原判決が、Xに本件各電子計算機使用詐欺の共謀を認めることができないとした点には、事実誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。」
.
補足意見:「私は、法廷意見に賛同するものであるが、法廷意見が「本件のような態様の電子計算機使用詐欺も、Xが想定し得る詐欺等の犯罪の範囲に含まれていたといえる」とした点について補足しておきたい。
1 原判決は、Xに本件各電子計算機使用詐欺の共謀共同正犯が成立しない理由として、Xが、本件各電子計算機使用詐欺の行為態様等の本質的な部分を含め、その内容を全く把握していなかったという点を重視している。
確かに、いわゆる出し子であったXは、本件各電子計算機使用詐欺の共犯者らから、本件各電子計算機使用詐欺の行為態様について説明されていなかった。また、電子計算機使用詐欺罪の構成要件の内容は、通常の詐欺罪のそれと比べると、一般人にとって理解しにくいものであるといえる。さらに、本件各電子計算機使用詐欺の行為態様は、実行犯(いわゆる架け子)が、Xの所持するキャッシュカードに係る預貯金口座に振込送金をしたAら(本件各電子計算機使用詐欺の実質的被害者)を、間接正犯の道具として利用し実行したというやや特殊なものであった。
2 しかし、Xは、共犯者(指示役)から依頼された「仕事」が、特殊詐欺等の犯罪行為によって得られた現金を現金自動預払機から引き出すものである可能性を認識した上で、これを引き受けていたものであって、この認識は、実行犯の行う特殊詐欺等の犯罪行為が、うそをつき人を欺いてその者に現金自動預払機を操作させ振込送金させるという行為態様のものであるとの未必的認識を含むものであったと認められる。
3 ところで、本件各電子計算機使用詐欺の犯行において、電子計算機使用詐欺罪の電子計算機に虚偽の情報を与える行為(刑法246条の2)は、うそをつき人(Aら実質的被害者)を欺いてその者に振込送金の操作であると気付かせないで現金自動預払機を操作させ振込送金させるというものであった。そして、Xが想定していた犯罪の一つである特殊詐欺(振り込め詐欺)の犯行においては、詐欺罪の人を欺いて財物を交付させる行為(同法246条1項)は、うそをつき人(詐欺の被害者)を欺いてその者に振込送金の必要があると誤信させて現金自動預払機を操作させ振込送金させるというものである。両者を比較すると、各構成要件における中核的な行為態様は、いずれも、うそをつき人を欺いてその者に現金自動預払機を操作させ振込送金させるというものであることが分かる。
前記2のとおり、出し子であったXが、実行犯の行う犯罪行為に対して有していた未必的認識は、うそをつき人を欺いてその者に現金自動預払機を操作させて振込送金させるという行為態様に対する認識を含むものであったから、前記の中核的な行為態様に対する認識を包含するものであったと評価することができる。本件のように実行犯(架け子)と出し子の(指示役を介しての)黙示の意思連絡が問題となる事案において、実行犯の行う犯罪行為に対する出し子の認識としては、この程度のもので足りるというべきであろう。もとより、出し子において、実行犯の行う犯罪行為が電子計算機使用詐欺罪の構成要件に当てはまるものであるかどうかまで認識する必要はない。
4 以上によれば、前記2の認識を有していたXにとっては、本件のような態様の電子計算機使用詐欺も想定し得る詐欺等の犯罪の範囲に含まれていたといえるのである。」(裁判官平木正洋の補足意見)
出典:最高裁判所判例集