加藤 喬
加藤ゼミナール代表・弁護士
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院 修了
総合39位・労働法1位で司法試験合格
基本7科目・労働法・実務基礎科目の9科目を担当
東京地裁判決(令和6年3月8日)は、イオン銀行事件において、銀行員(支店の副店長)の窃盗(被害店の販促物である洗濯用洗剤1個を同店の営業時間前に窃取した)を理由とする懲戒解雇について、①本件非違行為が窃盗罪に該当し得る行為であると認定して、「刑罰にふれる行為、若しくはそれに類する行為があって、本条を適用することを適当と認めたとき」という就業規則上の懲戒事由に該当することを認める一方で、②「本件非違行為に対しては、企業秩序維持の観点からみて、懲戒解雇より緩やかな処分を選択することも十分に可能であったといえ、本件非違行為のみを理由に最も重い懲戒処分である懲戒解雇を選択したことは、重きに失するといわざるを得ない。」として、懲戒解雇は懲戒権濫用(労働契約法15条)に当たり無効であると判断しました。
私生活上の非違行為を理由とする懲戒の可否については、先例となる最高裁判例として、国鉄中国支社事件(最一小判昭和49年2月28日)があります。
最高裁は、国鉄中国支社事件において、旧国鉄の職員(公務員)が私生活上の公務執行妨害罪を理由として旧日本国有鉄道法(以下「旧国鉄法」という。)に基づいて懲戒免職を受けた事案について、①「従業員の職場外でされた職務遂行に関係のない所為」であっても、㋐「企業秩序に直接の関連を有するもの」と㋑「企業…の社会的評価…低下毀損につながるおそれがあると客観的に認められるがごとき所為」については、企業秩序の維持確保のために就業規則において懲戒事由とすることが許されると述べ、本件非違行為が「著しく不都合な行いのあつたとき」として国鉄法31条1項1号及びそれに基づく旧国鉄就業規則66条17号所定の懲戒事由に該当することを認めるとともに、②「上告人の総裁が被上告人に対し本件所為につき免職処分を選択した判断が合理性を欠くものと断ずるに足りないものというほかはなく、本件免職処分は裁量の範囲をこえた違法なものとすることはできない。」と述べ、懲戒免職の相当性を認め、懲戒免職を有効と判断しました。
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【国鉄中国支社事件】最一小判昭和49年2月28日
事案:旧国鉄の職員(公務員)が私生活上の公務執行妨害罪を理由として旧日本国有鉄道法(以下「旧国鉄法」という。)に基づいて懲戒免職を受けた。
なお、以下の判旨における「上告人」は旧国鉄「被上告人」は懲戒免職された職員を指す。
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判旨:「二 本件所為は懲戒事由に該当するか。
使用者がその雇傭する従業員に対して課する懲戒は、広く企業秩序を維持確保し、もつて企業の円滑な運営を可能ならしめるための一種の制裁罰である。従業員は、雇傭されることによつて、企業秩序の維持確保を図るべき義務を負担することになるのは当然のことといわなくてはならない。ところで、企業秩序の維持確保は、通常は、従業員の職場内又は職務遂行に関係のある所為を対象としてこれを規制することにより達成しうるものであるが、必ずしも常に、右の所為のみを対象とするだけで充分であるとすることはできない。すなわち、従業員の職場外でされた職務遂行に関係のない所為であつても、企業秩序に直接の関連を有するものもあり、それが規制の対象となりうることは明らかであるし、また、企業は社会において活動するものであるから、その社会的評価の低下毀損は、企業の円滑な運営に支障をきたすおそれなしとしないのであつて、その評価の低下毀損につながるおそれがあると客観的に認められるがごとき所為については、職場外でされた職務遂行に関係のないものであつても、なお広く企業秩序の維持確保のために、これを規制の対象とすることが許される場合もありうるといわなければならない。そして、上告人のように極めて高度の公共性を有する公法上の法人であつて、公共の利益と密接な関係を有する事業の運営を目的とする企業体においては、その事業の運営内容のみならず、更に広くその事業のあり方自体が社会的な批判の対象とされるのであつて、その事業の円滑な運営の確保と並んでその廉潔性の保持が社会から要請ないし期待されているのであるから、このような社会からの評価に即応して、その企業体の一員である上告人の職員の職場外における職務遂行に関係のない所為に対しても、一般私企業の従業員と比較して、より広い、かつ、より厳しい規制がなされうる合理的な理由があるものと考えられるのである。
ところで、国鉄法31条1項は、上告人の職員が同項1号、2号に掲げる事由に該当するに至つた場合に、懲戒処分をなしうる旨を定めているところ、同項1号は、懲戒事由として、「この法律又は日本国有鉄道の定める業務上の規程に違反した場合」をあげており、右の業務上の規程とは、上告人がその職員に対し遵守を要するものとして定めた規程を意味するのであつて、結局いかなる事由を懲戒事由とするかを、上告人が企業秩序の維持確保という見地から定めるところに委ねたものと解されるのである。そして、右の業務上の規程に当たる国鉄就業規則66条は、具体的に懲戒事由を定めているのであるが、同条17号の「その他著しく不都合な行いのあつたとき」という規定は、同項16号の「職員としての品位を傷け又は信用を失うべき非行のあつたとき」という規定と対比すると、単に職場内又は職務遂行に関係のある所為のみを対象としているものでないことは、原審の正当に判示するところであり、既に述べたところを考え合わせると、右の「著しく不都合な行いのあつたとき」には、上告人の前述の社会的評価を低下毀損するおそれがあると客観的に認められる職場外の職務遂行に関係のない所為のうちで著しく不都合なものと評価されるがごときものをも包含するものと解することができるのである。そして、右規定は、更に具体的な業務阻害等の結果の発生をも要求しているものとまで解することはできない。
本件につきこれを見るに、原審確定の本件所為は、職場外でされた職務遂行に関係のないものではあるが、公務執行中の警察官に対し暴行を加えたというものであつて、著しく不都合なものと評価しうることは明らかであり、それが上告人の職員の所為として相応しくないもので、上告人の前述の社会的評価を低下毀損するおそれがあると客観的に認めることができるものであるから、国鉄法31条1項1号及びそれに基づく国鉄就業規則66条17号所定の事由に該当するものというべく、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができるのである。
三 本件免職処分は相当であるか。
国鉄法31条1項には、上告人の職員が懲戒事由に該当するに至つた場合に、懲戒権者たる上告人の総裁は、懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる旨規定されている。そして、右の四種の処分には、おのずから軽重の差異があることはいうまでもないが、懲戒事由に当たる所為をした職員に対し、懲戒権者がどの処分を選択すべきかについては、その具体的基準を定めた法律の規定はなく、また、上告人の業務上の規程にも右具体的基準の定めがないことは、原審の判示するところである。ところで、懲戒権者は、どの処分を選択するかを決定するに当たつては、懲戒事由に該当すると認められる所為の外部に表われた態様のほか右所為の原因、動機、状況、結果等を考慮すべきことはもちろん、更に、当該職員のその前後における態度、懲戒処分等の処分歴、社会的環境、選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等諸般の事情をも斟酌することができるものというべきであり、これら諸事情を綜合考慮したうえで、上告人の企業秩序の維持確保という見地から考えて相当と判断した処分を選択すべきである。しかして、どの処分を選択するのが相当であるかについての判断は、右のようにかなり広い範囲の事情を綜合したうえでされるものであり、しかも、前述のように、処分選択の具体的基準が定められていないことを考えると、右の判断については懲戒権者の裁量が認められているものと解するのが相当である。もとより、その裁量は、恣意にわたることをえず、当該行為との対比において甚だしく均衡を失する等社会通念に照らして合理性を欠くものであつてはならないが、懲戒権者の処分選択が右のような限度をこえるものとして違法性を有しないかぎり、それは懲戒権者の裁量の範囲内にあるものとしてその効力を否定することはできないものといわなくてはならない。もつとも、懲戒処分のうち免職処分は、上告人の職員たる地位を失わしめるという他の処分とは異なつた重大な結果を招来するものであるから、免職処分の選択に当たつては、他の処分の選択に比較して特に慎重な配慮を要することは明らかであるが、そのことによつても、懲戒権者が免職処分の選択を相当とした判断について、裁量の余地を否定することはできず、結局、それにつき、右のような特別に慎重な配慮を要することを勘案したうえで、裁量の範囲をこえているかどうかを検討してその効力を判断すべきものであつて、右の検討の結果によつても、なお合理性を欠くものと断定できないときは、その効力を是認せざるをえないのである。
本件につきこれを見るに、原審確定の事実に徴すると、本件所為は、公務執行妨害罪にあたる重大な犯罪行為であつて、その具体的な態様も相当に積極性が認められるのみならず、警察官の犯罪捜査のための情報収集という公務執行に対する具体的な侵害を伴つていることが窺われるのであつて、原判決のいうように、右所為を単に偶発的なものであり、その法益侵害の程度はさほど重大ではなく、犯情も特に悪質ではないなどと評価し去ることができるものではない。そして、右所為について、公務執行妨害罪として懲役6月執行猶予2年の有罪判決が確定していることも、右所為の評価に当たり軽視しえず、更に、被上告人には、…本件所為以前に休職処分1回、それ以後に懲戒処分5回の処分歴があつて、右休職処分の対象となつた所為は、原審判示のように組合内部の統制にかかわるなどの事情があるにしても、粗暴な犯罪行為であり、そのような所為によつて起訴され、休職となつていながら、本件所為に及んだという事実は、考慮に値いするものであるし、右懲戒処分歴も、本件所為以後のものであるとはいえ、無視することはできない。右に述べたような諸事情を綜合して考えると、原審の判示する他の事情及び本件免職処分の時期が本件所為の時点から隔たりのあること、上告人の職員で公職選挙法違反の罪により、確定の有罪判決を受けた者があるが、その者が免職処分となつた例はないことなど被上告人の主張事実を斟酌し、更に、免職処分の選択にあたつて特別に慎重な配慮を要することを勘案しても、なお、上告人の総裁が被上告人に対し本件所為につき免職処分を選択した判断が合理性を欠くものと断ずるに足りないものというほかはなく、本件免職処分は裁量の範囲をこえた違法なものとすることはできない。」
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【イオン銀行事件】東京地判令和6年3月8日
事案:Xは、Y銀行との間で期間の定めのない労働契約を締結し(以下「本件労働契約」という。)、事件当時、Y銀行のC支店(以下「被告C店」という。)の副店長として勤務しており、令和5年4月28日、本件被害店の店舗の営業時間前に同店舗に配置されていた販促物である洗濯用洗剤1点(以下「本件物品」という。)を取得したことについて、窃盗罪に該当する行為であり、被告D店の就業規則114条(3)に該当するとして、同日付けで懲戒解雇された(以下「本件懲戒解雇」という。)。
Xは、本件非違行為に及ぶ前の令和5年3月7日から同月19日にかけても、昼休憩時又は退勤直後に、本件被害店に配置されていた販促物である洗濯用洗剤を9日にわたり合計10個取得していた。
なお、本件物品は、販促物として、「お一人様一個 ご自由にお取りください」との表示がされ、店頭を通行する顧客が手に取りやすい状態で配置されていた。
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判旨:「(1)懲戒事由該当性について
原告が本件非違行為に及んだことについては、当事者間に争いがない。この点、原告は、本件物品が販促物として通行人が手に取りやすい位置に配置されており、客観的には本件被害店がその取得を許容していたといえるから、窃盗罪には該当しないと主張する。
しかし、一般に、店頭に配置された販促物は、そこを通る顧客等に配布することで、商品やサービスへの興味関心を引き、店舗に足を向けてもらい、商品の購入やサービスの利用につなげることを目的とするものであるから、当該店舗の営業時間中に配布することを予定していると解されるころ、本件被害店の販促物についてもこれと別異に解する事情は認められない。このことは、…本件被害店の店長が営業時間外の販促物の取得は窃盗であると認識している旨述べていることからも裏付けられている。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
そうすると、本件被害店の営業開始前に本件物品1個を取得した本件非違行為は、窃盗罪に該当し得る行為であると認められる。そして、…被告は、被告の就業規則114条(3)を適用し、原告を懲戒解雇とすることを決定しているから、本件非違行為は、当該規定にいう「刑罰にふれる行為、若しくはそれに類する行為があって、本条を適用することを適当と認めたとき」に該当する。
(2)本件懲戒解雇の相当性について
さらに進んで、原告について、本件非違行為を理由に懲戒解雇をすることが相当であると認められるか否かについて検討する。
顧客の財物を預かる銀行業務に携わる銀行において副店長の職にあった原告が被告の信用を大きく失墜させかねない窃盗罪に該当する行為を行ったことは、厳しい非難に値するものである。実際にも、本件被害店やC店に、被告の銀行員による犯行であることが発覚するに至っており、被告への信頼を大きく失墜させたことも考慮すると、原告が懲戒処分を受けることは避けられないといえる。
しかし、本件非違行為は、被告の近くで行われた窃盗事案とはいえ、出勤前に被告の業務とは関係のない中で行われた私生活上の窃盗であり、銀行員がその業務中に行った窃盗事案に比べれば悪質性が高いとはいい難い。また、…本件物品は、店頭を通行する際に手に取りやすい状態で販促物として配置されていたこと、本件物品は販促物でありそれほど高価なものではないこと、原告が本件被害店や被告等に対し迷惑をかける行為であったことを認め反省の態度を示し、本件非違行為を行ったその日のうちに同店に謝罪していること、同店も被害届を提出しないと判断していることが認められる。さらに、本件記録上、原告には同種行為による処分歴や前科等は認められない。
以上の諸事情を総合考慮すれば、本件非違行為に対しては、企業秩序維持の観点からみて、懲戒解雇より緩やかな処分を選択することも十分に可能であったといえ、本件非違行為のみを理由に最も重い懲戒処分である懲戒解雇を選択したことは、重きに失するといわざるを得ない。
この点、被告は、原告が本件非違行為の前に複数回にわたって本件被害店の販促物を取得していたことについても窃盗行為に該当し得るとして、本件懲戒解雇の相当性を基礎づける事情の一つに挙げている。しかし、…これらの取得行為が本件被害店の営業時間外に行われたとは認められないこと、本件被害店がこれらの行為を窃盗として捉えていたことを認めるに足りる証拠はないことなどからすると、原告の懲戒処分を検討するに当たり、これらの行為を本件非違行為と同様の窃盗事案として考慮するのは相当でない。また、この点を措くとしても、本件懲戒解雇の懲戒事由はあくまで本件非違行為のみであるから、本件懲戒解雇の相当性判断において、その余の取得行為を重くみることは相当でない。
このほかにも被告はるる主張するが,いずれも,以上の認定判断を左右し、本件懲戒処分が社会通念上相当であったと認めるには足りない。
…以上によれば、本件懲戒解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、懲戒権を濫用したものであって、無効である。」
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これらの判例・裁判例を踏まえて、私生活上の非違行為を理由とする懲戒処分の有効性についてどのように論じるべきかですが、就業規則上の懲戒事由該当性と「客観的に合理的な理由」(労契法15条)とを区別する立場からは、①懲戒事由該当性はなるべく形式的に判断するにとどめ、②「客観的に合理的理由」の判断において、国鉄中国支社事件を踏まえた論証をした上で、本件非違行為が㋐「企業秩序に直接の関連を有するもの」と㋑「企業…の社会的評価…低下毀損につながるおそれがあると客観的に認められるがごとき所為」のいずれかに当たるか否かを論じることになります。
そして、①懲戒事由該当性と②「客観的に合理的に理由」が認められた場合には、③「社会通念上の相当」性(労契法15条)における処分の比例性の判断において、諸般の事情を総合考慮して、企業秩序維持の観点からみて、当該懲戒処分よりも緩やかな処分を選択することが可能であったかを論じることになります(なお、処分の比例性が認められた場合には、③の一要件である適正手続の履践の有無にも言及するべきです。)。
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