加藤 喬
加藤ゼミナール代表・弁護士
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院 修了
総合39位・労働法1位で司法試験合格
基本7科目・労働法・実務基礎科目の9科目を担当
「公訴事実の同一性」(刑訴法312条1項)は、典型的には、訴因変更の可否において問題となる概念であり、事案類型に応じて、単一性又は狭義の同一性によって判断されます。
①公訴事実の横の広がりが問題となっている場合(新訴因が事実及び犯罪として旧訴因と両立し得るものとして主張される場合)には単一性により判断され、②公訴事実の縦の変化が問題となっている場合(新訴因が事実又は犯罪として旧訴因と両立しないものとして主張される場合)には狭義の同一性により判断されます。
例えば、検察官が被告人を住居侵入罪で起訴した後に、侵入先の住居内で窃盗も行っていたとして窃盗罪でも起訴するために訴因に窃盗を追加する場合(これは、狭義の「追加」であるが、広義では「変更」である)には、単一性が問題となり、両者は牽連犯(刑法54条1項前段)として実体法上科刑上一罪となるから、単一性、ひいては「公訴事実の同一性」が認められることになります。
これに対し、検察官が被告人を犯行日時を令和7年10月30日とするVに対する殺人罪で起訴した後に、犯行日時を令和7年10月20日に変更するために訴因を変更しようとする場合(これは、狭義の「変更」である)には、狭義の同一性によって「公訴事実の同一性」が判断されます。
狭義の同一性とは、新旧両訴因の基本的事実関係の同一性を意味します(基本的事実同一説又は基本的事実関係同一性)。
そして、基本的事実関係の同一性を判断する際には、基本的には共通性基準を用いつつ、補完的に非両立性基準を用います。すなわち、まずは事実の共通性基準を用い、事実の共通性だけでは基本的事実関係の同一性を認めがたいという場合には、補完的に非両立性基準を用い、新旧両訴因が事実レベル又は犯罪レベルで両立しないといえるときには、新旧両訴因が両立しない関係にあることをもって基本的事実関係の同一性、ひいては「公訴事実の同一性」が認められるとするわけです。これが、最高裁判例の立場であると理解されています。
判例の立場によれば、非両立性基準は、基本的事実関係の同一性を判断するための指標であって、かつ、共通性基準を補完するための基準にすぎませんから、それだけでは「公訴事実の同一性」を判断するための基準とはなりません(川出敏裕「判例講座 刑事訴訟法〔公訴提起・公判・裁判・上訴篇〕」第2版120頁参照)。
したがって、新旧両訴因記載の事実について、基本的部分すら共通していない場合には、仮に両者が両立しないとしても、それらは全くの別個の事実にすぎないのであって、基本的事実関係の同一性、ひいては「公訴事実の同一性」を認めることはできません。
共通性基準と非両立性基準の関係について理解を深める上で役立つ判例として、最一小決昭和53年3月6日が挙げられます。
本決定は、枉法収賄と贈賄の各訴因の間に「公訴事実の同一性」が認められるかが問題となった事案において、「『被告人甲は、公務員乙と共謀のうえ、乙の職務上の不正行為に対する謝礼の趣旨で、丙から賄賂を収受した』という枉法収賄の訴因と、『被告人甲は、丙と共謀のうえ、右と同じ趣旨で、公務員乙に対して賄賂を供与した』という贈賄の訴因とは、収受したとされる賄賂と供与したとされる賄賂との間に事実上の共通性がある場合には、両立しない関係にあり、かつ、一連の同一事象に対する法的評価を異にするに過ぎないものであって、基本的事実関係においては同一であるということができる。したがって、右の二つの訴因の間に公訴事実の同一性を認めた原判断は、正当である。」と判示して、非両立性基準にも言及して基本的事実関係の同一性、ひいては「公訴事実の同一性」を認めています。(※下線は筆者による)
上記の判例も参考にするならば、新旧両訴因記載の事実について、少なくとも基本的部分では共通しているといえるが、細部にわたってまでは共通していないために、事実の共通性だけに着目したのでは基本的事実関係の同一性を認めることはできないという場合には、非両立性基準も発動し、これだけ事実が共通しているのだからいずれも事実レベル及び犯罪レベルで両立することは考えられないといえるときには、新旧両訴因は一連の事象に対する法的評価を異にするにすぎず、基本的事実関係が同一であるといえるとして、「公訴事実の同一性」が認められるわけです。
このように、非両立性基準における非両立性とは、新旧両訴因記載の事実について、少なくとも基本的部分では共通している場合であることを前提として、これだけ事実が共通しているのだから、新旧両訴因のうち一方とともに他方も事実レベル及び犯罪レベルで成立するとは考えられず、一方が事実レベル又は犯罪レベルで成立するならば他方は事実レベル又は犯罪レベルで成立するとはいえないという場面を意味します。双方である程度事実が共通しているからこそ両立するとはいえない、という場面を意味するわけです。
例えば、旧訴因記載の事実が「令和7年10月1日にA駅改札付近でB所有のバッグを窃取した」、新訴因記載の事実が「同年9月1日にA駅改札付近で同バッグを窃取した」である場合、犯行の客体も場所も同一であるが、犯行の日時が1ヵ月も異なるため、事実の共通性だけでは基本的事実関係の同一性を認めることができるかが微妙です。もっとも、1ヵ月の間に同バッグが被害者Bの手元に戻り、再び同一人物から同じ場所で盗まれるという事態は、事実上考え難いと評価するのであれば、新旧両訴因は「事実レベル」で両立しないとして、基本的事実関係の同一性を認めることが可能です。
また、旧訴因記載の事実が「令和7年10月1日、静岡県内の某場所でB所有のバッグを窃取した」、新旧両訴因の事実が「令和7年10月8日、東京都内における某場所で同バッグの有償処分をあっせんした」である場合、犯行の客体は同一であるものの、犯行の場所が県を跨いで異なっており、犯行の日時も7日間も異なるため、事実の共通性だけでは基本的事実関係の同一性を認めることができません。また、同一人物が令和7年10月1日に静岡県内の某場所でB所有のバッグを窃取した上で、その7日後に東京都内における某場所で同バッグの有償処分をあっせんするということは十分可能であるため、新旧両訴因が「事実レベル」で両立しないということもできません。もっとも、仮に旧訴因について窃盗罪(刑法235条)が成立する場合、新訴因については不可罰的事後行為であるとして盗品有償処分あっせん罪(刑法256条2項)の成立が否定されるため、この意味において、新旧両訴因は「犯罪レベル」では両立しないということになります。したがって、基本的事実関係の同一性が認められます(最二小判昭和29年5月14日も同旨)。