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夫婦間における婚姻費用合意の無効確認を求める訴え

2025年09月05日

最高裁は確認の利益を否定

最一小判令和7年9月4日は、「夫婦間における婚姻費用合意の無効確認を求める訴え」について、確認の利益を欠くから不適法であると判断しました。

過去の法律関係を確認対象とするものであることに着目して、確認対象の適切性という観点から、確認の利益を否定しています。

 

過去の法律関係を確認対象とすることの適否

確認の訴えの有無を判断するための着眼点には、確認対象(訴訟物)の適切性、即時確定の利益(解決すべき紛争の成熟性)及び方法選択の適切性の3つがあります。過去の法律関係を確認対象とする訴えについて、一番問題となるのが、確認対象の適切性です。

確認対象は現在の法律関係に限られ、過去の法律関係を対象とする確認の訴えは確認対象の適切性を欠くのが原則です。過去の法律関係は変動している可能性があるため、これを判決で確認することは、現に存する紛争の直接かつ抜本的な解決につながるとは限らないからです。

最三小判昭和41年4月12日も、売買契約の無効の確認を求める訴えについて、この原則論に従って、確認の利益を否定しています。

事案:売買契約の無効の確認を求める訴えについて、確認の利益の有無が問題となった。

判旨: 「原告の売買無効確認請求の適否について職権をもつて案ずるに、その請求の原因の要旨は、原告と被告溝上間の売買およびその登記は無効であり、したがって、所有権のない被告溝上と悪意の第三者たる被告常盤産業間の昭和32年11月27日付売買も無効であるから、右売買の無効確認を求めるというのであるが、単に右請求を文言どおりに解釈すれば、前記売買契約の無効であること、すなわち、過去の法律関係(ないし事実)の確認を求めるのと異なるところはない。そして、確認訴訟は特段の規定のないかぎり、現在の権利または法律関係の確認を求め、かつ、これにつき即時確定の利益がある場合にのみ許されるべきであるから、前記の請求については、即時確定の利益があるとはいいがたい。原告としては、確認の訴を提起するためには、右売買契約の無効の結果生ずべき現在の権利または法律関係について直接に確認を求めるべきである。もっとも、右請求を原告の主張するところに照らせば、原告は、右のような現在の権利または法律関係についてその確認を求める趣旨がうかがえないでもない。したがって、原審としては、本訴請求については、その請求の趣旨を釈明して審理をすべきであるのにかかわらず、これをしないで、ただちに本訴請求について確認の利益のあることを前提として本案について判決した原判決は違法であって、破棄を免れず、以上の点についてさらに釈明して審理を尽くさせるため、売買無効確認請求部分は、原審に差し戻すのが相当である。」

出典:最高裁判所判例集

もっとも、常に確認対象の適切性が認められないというわけではなく、現在の権利または法律関係の個別的な確定が必ずしも紛争の抜本的解決をもたらさず、かえって、それらの権利または法律関係の基礎にある過去の基本的な法律関係を確定することが現に存する紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要と認められる場合には、確認対象の適切性が認められると解されています。

この例外を認めた一例として、遺言無効確認の訴えに関する最三小判47年2月15日であり、本判決は平成25年司法試験民事訴訟法設問1でも出題されています。

本判決は、過去の法律関係を対象とする遺言無効確認の訴えについて、確認の利益を認めました。それは、判例の事案では、遺贈の対象が三十筆余りの土地及び数棟の建物を含む全財産であったために、遺贈目的物ごとの個別的法律関係を個別に判決で確認することは、当該遺贈に係る紛争の解決としてあまりにも迂遠であるとともに、特定の財産を確認対象から漏らしてしまう危険もあるから、大量の個別的法律関係の基礎となっている基本的法律関係である遺言の効力を確認するほうが、より直接的かつ抜本的な紛争解決につながるといえ、確認の訴えの紛争解決機能が果たされるとの考えによるものです。

事案:遺贈の対象が三十筆余りの土地及び数棟の建物を含む全財産であった事案において、遺言無効確認の訴えが提起され、確認の利益の有無が問題となった。

判旨: 「Xら(原告・控訴人・上告人)は、訴外某が昭和35年9月30日自筆証書によつてなした遺言は無効であることを確認する旨の判決を求め、その請求原因として述べるところは、右某は昭和37年2月21日死亡し、Xら及びY1からY5まで(被告・被控訴人・被上告人)が同人を共同相続したものであるところ、右某は昭和35年9月30日第一審判決別紙のとおり遺言書を自筆により作成し、昭和37年4月2日大分家庭裁判所の検認をえたものであるが、右遺言は、右某がその全財産を共同相続人の一人にのみ与えようとするものであって、家族制度、家督相続制を廃止した憲法24条に違背し、かつ、その一人が誰であるかは明らかでなく、権利関係が不明確であるから無効である、というものである。これに対し、Y1を除くその余の被上告人らは、本訴の確認の利益を争うとともに、本件遺言により右某の全財産の遺贈を受けた者はY2であることが明らかであるから、本件遺言は有効である旨抗争したものである。第一審は、遺言は過去の法律行為であるから、その有効無効の確認を求める訴は確認の利益を欠くとして、本訴を却下し、右第一審判決に対してXらより控訴したが、原審も、右第一審判決とほぼ同様の見解のもとに、本訴を不適法として却下すべき旨判断し、Xらの控訴を棄却したものである。
 よって按ずるに、いわゆる遺言無効確認の訴は、遺言が無効であることを確認するとの請求の趣旨のもとに提起されるから、形式上過去の法律行為の確認を求めることとなるが、請求の趣旨がかかる形式をとっていても、遺言が有効であるとすれば、それから生ずべき現在の特定の法律関係が存在しないことの確認を求めるものと解される場合で、原告がかかる確認を求めるにつき法律上の利益を有するときは、適法として許容されうるものと解するのが相当である。けだし、右の如き場合には、請求の趣旨を、あえて遺言から生ずべき現在の個別的法律関係に還元して表現するまでもなく、いかなる権利関係につき審理判断するかについて明確さを欠くことはなく、また、判決において、端的に、当事者間の紛争の直接的な対象である基本的法律行為たる遺言の無効の当否を判示することによって、確認訴訟のもつ紛争解決機能が果たされることが明らかだからである。
 以上説示したところによれば、前示のような事実関係のもとにおける本件訴訟は適法というべきである。それゆえ、これと異なる見解のもとに、本訴を不適法として却下した原審ならびに第一審の判断は、民訴法の解釈を誤るものであり、この点に関する論旨は理由がある。したがって、原判決は破棄を免れず、第一審判決を取り消し、さらに本案について審理させるため、本件を第一審に差し戻すのが相当である。」

出典:最高裁判所判例集

 

夫婦間における婚姻費用合意の無効確認を求める訴え

夫婦間における婚姻費用合意の無効確認を求める訴えも、婚姻費用合意の有効性という過去の法律関係を確認対象とするものであるため、原則論によれば、確認対象の適切性という観点から、確認の利益が否定されることになります。そこで、例外として確認の利益が認められる事情が認められるかが問題となります。

最高裁(最一小判令和7年9月4日)と原審(東京高判令和5年9月27日)では、婚姻費用合意が有効に成立した場合に、婚姻費用分担審判の手続において家庭裁判所が婚姻費用合意と異なる分担の内容を形成することの可否について、考えが対立しました。

原審(東京高判令和5年9月27日)は、「婚姻費用合意…が有効に成立した場合、以後の婚姻費用の分担の内容は婚姻費用合意によることとなり、家庭裁判所は、事情の変更が生じたと認められない限り、婚姻費用分担の審判をすることができず、事情の変更が生じたと認められるとしても、婚姻費用合意がされた時点から事情の変更が生じたと認められる時点までの婚姻費用については、婚姻費用合意に基づく分担額と異なる分担額の支払を命ずる審判をすることができないから、夫婦の一方が婚姻費用分担審判の手続において婚姻費用合意と異なる分担の内容を形成することを求める場合には、これに先立ち、民事訴訟において婚姻費用合意が無効であることを確定することが紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要である。」との理由から、婚姻費用合意の無効確認を求める訴えについて、確認の利益が認められると判断しました。

これに対し、最高裁(最一小判令和7年9月4日)は、①「別途民事訴訟で婚姻費用合意が有効に成立したか否かが確定されていないからといって、家庭裁判所が婚姻費用合意と異なる分担の内容を形成することが妨げられるわけではない…。」、②「婚姻費用の分担の内容の形成をすることができない民事訴訟で婚姻費用合意が有効に成立したか否かのみ確認することをあえて認めるとすれば、家庭裁判所がその帰すうを待つことになり、夫婦の生活の経済的な安定のため適時に審判によってされるべき婚姻費用の分担の内容の形成が遅滞することになりかねない。」との理由から、「婚姻費用合意が有効に成立したか否かを民事訴訟で確認することが、婚姻費用の分担の内容に係る紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要であるとはいえない。」と述べて、確認の利益を否定しています。

事案:YとXは、婚姻後別居し、平成29年1月、YがXに対し婚姻費用として同月以降月額16万円を支払う旨の合意(以下「本件合意」という。)をした。以後、Yは、令和4年8月までの間、Xに対し、毎月同額を支払った。
 Xは、令和2年11月、東京家庭裁判所立川支部に対し、Yを相手方として、婚姻費用分担審判の申立てをした。同支部は、令和4年9月、本件合意はYの当時の年収につき実際の額よりも低廉な額を前提としていたところ、このことは本件合意に基づく婚姻費用の分担額を変更すべき事情に当たるから、上記申立てがされた令和2年11月以降の上記分担額を改めるべきであるとして、変更後の分担額と既払額との差額及び令和4年9月以降月額29万円の婚姻費用の支払をYに命ずる旨の審判をした。
 Xは、Yに対し、Yの年収について錯誤があったとして本件合意の無効確認を求める訴えを提起した。Xは、本件合意がされてから上記申立てがされるまでの期間における婚姻費用につき、本件合意に基づく分担額よりも多額の分担額を形成する審判の申立てをする予定であるところ、本件合意の無効を確認することがその前提となるので、本件訴えに確認の利益が認められる旨を主張している。

判旨:「原審は、本件訴えが本件合意という過去の法律関係の存否を確定することを求める確認の訴えであるとした上で、要旨次のとおり判断し、本件訴えを不適法として却下した第1審判決を取り消し、本件を第1審に差し戻した。
 夫婦の間に婚姻費用の分担の内容を定める合意(以下「婚姻費用合意」という。)が有効に成立した場合、以後の婚姻費用の分担の内容は婚姻費用合意によることとなり、家庭裁判所は、事情の変更が生じたと認められない限り、婚姻費用分担の審判をすることができず、事情の変更が生じたと認められるとしても、婚姻費用合意がされた時点から事情の変更が生じたと認められる時点までの婚姻費用については、婚姻費用合意に基づく分担額と異なる分担額の支払を命ずる審判をすることができないから、夫婦の一方が婚姻費用分担審判の手続において婚姻費用合意と異なる分担の内容を形成することを求める場合には、これに先立ち、民事訴訟において婚姻費用合意が無効であることを確定することが紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要である。したがって、夫婦間における婚姻費用合意の無効確認を求める訴えは、確認の利益を有するものとして適法である。
 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。
 過去の法律関係であっても、それを確定することが現在の法律上の紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要と認められる場合には、その存否の確認を求める訴えは確認の利益があるものとして許容される(最高裁昭和44年(オ)第719号同47年11月9日第一小法廷判決・民集26巻9号1513頁、最高裁平成3年(オ)第252号同7年3月7日第三小法廷判決・民集49巻3号893頁参照)。
 そこで検討するに、婚姻費用の分担義務は、夫婦の生活の経済的な安定に関わるものである一方、その時々で変動する夫婦の収入、生活状況等の影響を受け得るものであることに照らすと、婚姻費用の分担の内容は、婚姻費用合意によって、以後、固定されるものではなく、適時に新たな形成があり得るものである。このため、婚姻費用分担審判の手続において、婚姻費用合意が有効に成立したか否かが争われるとともに、婚姻費用合意と異なる分担の内容を形成することを求める旨の主張がされた場合、家庭裁判所は、婚姻費用合意の存否、効力及び内容のみならず、夫婦の収入、生活状況等の一切の事情も踏まえ、婚姻費用の分担額やその支払の始期等を検討し、婚姻費用の分担の内容を新たに形成する審判をすることになる。そうすると、別途民事訴訟で婚姻費用合意が有効に成立したか否かが確定されていないからといって、家庭裁判所が婚姻費用合意と異なる分担の内容を形成することが妨げられるわけではない(なお、上記の場合において、当事者が、婚姻費用合意が有効に成立したとしてもこれと異なる分担額を形成するよう主張しているときは、家庭裁判所は、審理の結果、婚姻費用合意に基づく分担額を改めるべき事情がないとの結論に達したとしても、申立てを不適法却下することなく、当該分担額と同額の分担額を新たに形成する審判をすることができる。)。また、婚姻費用の分担の内容の形成をすることができない民事訴訟で婚姻費用合意が有効に成立したか否かのみ確認することをあえて認めるとすれば、家庭裁判所がその帰すうを待つことになり、夫婦の生活の経済的な安定のため適時に審判によってされるべき婚姻費用の分担の内容の形成が遅滞することになりかねない。したがって、婚姻費用合意が有効に成立したか否かについて別途確認の訴えをもって争うことを認める必要があるとはいえず、これを認めることが適切であるともいえない。
 以上によれば、婚姻費用合意が有効に成立したか否かを民事訴訟で確認することが、婚姻費用の分担の内容に係る紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要であるとはいえない。
 したがって、夫婦間における婚姻費用合意の無効確認を求める訴えは、確認の利益を欠くものとして不適法であるというべきである。」

出典:最高裁判所判例集

 

執筆者

加藤 喬

加藤ゼミナール代表・弁護士

青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院 修了
総合39位・労働法1位で司法試験合格
基本7科目・労働法・実務基礎科目の9科目を担当