加藤 喬
加藤ゼミナール代表・弁護士
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院 修了
総合39位・労働法1位で司法試験合格
基本7科目・労働法・実務基礎科目の9科目を担当
経営判断の原則とは、取締役の経営判断が萎縮することは株主の利益にならないため、取締役に経営判断において広い裁量権を認める必要から、将来予測にわたる経営上の専門的判断が必要とされる事項の決定については、行為当時の状況に照らし経営判断の内容・過程に著しく不合理な点がない限り善管注意義務違反にはならないとして、善管注意義務違反を緩やかに判断する法理を意味します。
取締役の行為には、経営上の判断を伴うのが通常であるところ、そのうち、会社の利益追求のための冒険的判断を萎縮させないために経営判断として尊重するべき判断については、経営判断の原則を適用することにより、任務懈怠に当たる善管注意義務違反の有無を通常よりも緩やかに判断するわけです。
例えば、アパマンショップ事件判決(最一小平成22年7月15日)は、グループ事業再編計画の一環としての完全子会社化のために、Z社がA社の株主から評価額の5倍以上の金額で株式を任意買取りしたという事案において、①「本件取引は、A社をB社に合併して不動産賃貸管理等の事業を担わせるというZ社のグループの事業再編計画の一環として、A社をZ社の完全子会社とする目的で行われたものであるところ、このような事業再編計画の策定は、完全子会社とすることのメリットの評価を含め、将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられていると解される。」として経営判断原則が適用されることを認めた上で、②善管注意義務違反の判断基準について、「この場合における株式取得の方法や価格についても、取締役において、株式の評価額のほか、取得の必要性、Z社の財務上の負担、株式の取得を円滑に進める必要性の程度等をも総合考慮して決定することができ、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきである。」と述べています。
本判決によれば、経営判断の原則が適用されるのは、「将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられ」るべき判断事項に限られることになります。
もっとも、それ以前の話として、学説上、経営判断の原則が適用されない典型的な場面として、㋐監視義務違反が問題になっている場合、㋑具体的な法令の規定や取締役会で定めた事項・規則に違反した場合、㋒会社と取締役の利益相反関係が存在する場合(競業取引・利益相反取引に限られない)が挙げられます(田中亘「会社法」第5版287頁、「伊藤靖史ほか「事例で考える会社法」第2版170頁、髙橋美加ほか「会社法」第4版227頁)。
これらのうち、㋒会社と取締役の利益相反関係が存在する場合について経営判断の原則が適用されない理由としては、「取締役と会社/株主の利益が(実質的あるいは潜在的に)相反する局面では、裁判所は「経営判断原則」によることなく、経営判断の過程や内容の是非について、より慎重に、例えば不合理でないか、合理的であるか、取引条件は公正かといった観点から判断すべきである」(髙橋美加ほか「会社法」第4版227頁)、「経営判断の対象について取締役が会社と対立する利害を有する場合には、取締役が会社に不利益な判断をする危険が大きいため、経営判断原則は適用されず、裁判所は、当該判断の合理性について立ち入った審査を行うべきである(大阪地判平成25年1月25日)」(田中亘「会社法」第5版287頁)などと説明されています。
㋒に属する事案では、経営判断の原則について、次のように論じます。
STEP1 経営判断の原則に関する一般論(意義、判例の判断枠組み)を論じる。
STEP2 会社と取締役の利益相反関係が存在する場面では経営判断の原則が適用されないことを論証する。
STEP3 当該事案において会社と取締役の利益相反関係が存在するか否かを具体的に論じる。
STEP4 利益相反関係が存在する場合は、経営判断の原則の適用を否定した上で、経営判断の合理性について踏み込んだ判断を行う。これに対し、利益相反関係が存在しない場合には、さらに、「将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられ」るべき判断事項として経営判断の原則が適用されるか否かを検討し、同原則が適用されるのであれば、経営判断の内容・過程に著しく不合理な点があるか否かという観点から善管注意義務違反の有無を判断する。
㋒会社と取締役の利益相反関係が窺われる場合における経営判断の原則の適用の可否を問う出題は、令和4年司法試験と令和7年司法試験で出題されているため、司法試験受験生も予備試験受験生も今後の出題に備えて、しっかりとおさえておきましょう。