加藤 喬
加藤ゼミナール代表・弁護士
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院 修了
総合39位・労働法1位で司法試験合格
基本7科目・労働法・実務基礎科目の9科目を担当
1.継続的な業務上横領の事案における訴因変更の要否
最高裁は、令和7年10月20日、弁護士会の経理担当職員であった被告人が約3年半にわたり、共通の犯意に基づき、弁護士会という同一の被害者に対し、同一の業務上の占有を利用して継続的に、弁護士紹介手数料及び負担金会費として受領した現金約5066万7838円を着服したという業務上横領の事案において、裁判所が一部の月の横領金額について検察官により訴因に明示された金額を上回る認定をすることについて、訴因変更手続(刑事訴訟法312条1項)を経ることを要しないとの判断を示しました。
【最三小決令和7年10月20日】
事案:本件公訴事実の要旨は、弁護士会の経理担当職員として、弁護士照会手数料及び負担金会費等を管理し、同会名義の銀行口座への入出金等の業務に従事していた被告人が、平成30年1月から令和3年5月までの間に弁護士照会手数料又は負担金会費として受領した現金合計約8544万3156円を同会のため預かり保管中、平成30年2月頃から令和3年6月頃までの間、35回にわたり、現金合計約5066万7838円を着服して横領したというものであり、その訴因には月ごとの受領現金額及び横領金額が明示されていた。
第1審において、検察官は、個別具体的な領得行為を特定することなく、被告人の月ごと、項目(弁護士照会手数料又は負担金会費)ごとの各受領現金額から、それぞれ所定の時期までに同会名義の銀行口座に入金された各金額を差し引いて算出される各使途不明金が、それぞれ当該時期に横領された旨の主張立証をし、第1審弁護人は、これを争った。
第1審判決は、上記業務に従事していた被告人が、平成30年1月頃から令和3年5月頃までの間に弁護士照会手数料又は負担金会費として受領した現金合計約6095万3765円を同会のため預かり保管中、平成30年2月頃から令和3年6月頃までの間、複数回にわたり、現金合計約3468万3408円を着服して横領した旨の罪となるべき事実を認定し、その全体が包括一罪であるとした。訴因と異なる事実を認定した理由は、被告人の月ごと、項目ごとの各受領現金額をいずれも訴因に明示された金額以下の金額と認定するとともに、検察官の主張立証よりも広範囲の同会名義の銀行口座への入金を差し引くなどしたためであった。ただし、第1審判決は、同口座に受領現金額を超える入金があった月における当該過剰額を横領金額から除くための計算処理の方法の相違等により、横領の成立時期を訴因に明示された時期よりも遅く認定した部分があったことに伴って、一部の月の横領金額については、訴因に明示された金額を上回る金額を認定したが、訴因変更手続を経ていなかった。
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判旨:「上記罪となるべき事実は、相当長期間にわたるものではあるが、共通の犯意に基づき、同一の被害者に対し、同一の業務上の占有を利用して継続的に行われたものであって、その全体が包括一罪と解されるものであるから、一部の月の横領金額について訴因に明示された金額を上回る金額を認定したとしても、全体として訴因を超える認定をしない限り、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要であるとはいえない。また、この種事犯における月ごとの横領金額が、一般的には被告人の防御にとって重要な事項に当たるとしても、第1審判決が、一部の月の横領金額につき訴因に明示された金額を上回る金額を認定したのは、横領の成立時期を訴因に明示された時期よりも遅く認定した部分があることに伴うものにすぎないから、その認定が被告人に不意打ちを与えるものとはいえない。さらに、合計横領金額について訴因を下回る金額を認定した第1審判決が、訴因に比して被告人に不利益な認定をしたものでないことは明らかである。
以上によれば、全体が包括一罪を構成する長期間継続的に行われた業務上横領の事案について、月ごとの横領金額を明示した訴因に対し、第1審裁判所が、訴因を下回る合計横領金額を認定しつつ、横領の成立時期をより遅く認定した部分があることに伴い、一部の月の横領金額につき訴因に明示された金額を上回る金額を認定したという事情の下では、第1審裁判所が訴因変更手続を経なかったことが違法であるとはいえない。
したがって、第1審裁判所が訴因変更手続を経ることなく上記の認定をしたことに訴訟手続の法令違反はないとした原判決の判断は、正当である。
よって、刑訴法414条、386条1項3号、刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」
出典:https://www.courts.go.jp/hanrei/94788/detail2/index.html
2.訴因変更の要否
判例・通説は、訴因変更の要否の判断においては法的評価の変更ではなく事実の変更の有無を基準とする事実記載説を前提として、訴因の識別機能から、①審判対象の画定に不可欠な事実について変動がある場合には、訴因変更が必要であるとし、訴因の防御機能から、②一般的に被告人の防御にとって重要な事項について、検察官が訴因において明示した場合には、明示された事実が被告人の不利益の上限を画することとなり同等の手続により不意打ちを防止するべきであるから、これについて訴因と実質的に異なる認定をするときには、原則として訴因変更が必要であると解しています。
もっとも、②については、例外があり、争点明確化による不意打ち防止の要請は具体的な訴訟経過により異なるものであるとの理由から、②の場合であっても、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えず、かつ、認定事実が訴因と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえないときには、例外的に訴因変更を要しないと解されています。
【最三小決平成13年4月11日】
事案:検察官は、被告人Xに対するYとの殺人罪の共同正犯の訴因について、当初、起訴状では、実行行為者を特定せず、「被告人Xは、Yと共謀の上、Aに対し殺意をもってその頸部をベルト様のもので締めつけ、そのころ窒息死させて殺害した」と記載していたが、公判期日中、被告人Xが共謀の存在・実行行為への関与を否定して無罪主張をしたことから、「被告人Xは、Yとの共謀の上、…殺意をもって、被告人Xが、Aの頸部を締めつけるなどし、同所付近で窒息死させて殺害した」という内容へ訴因変更した。
第1審は、「被告人Xは、Yとの共謀の上、…Y又は被告人Xあるいはその両名において、扼殺(やくさつ)、絞殺又はこれに類する方法でAを殺害した」旨の事実を認定した。
判旨:「訴因と認定事実とを対比すると、前記のとおり、犯行の態様と結果に実質的な差異がない上、共謀をした共犯者の範囲にも変わりはなく、そのうちのだれが実行行為者であるかという点が異なるのみである。そもそも、殺人罪の共同正犯の訴因としては、その実行行為者がだれであるかが明示されていないからといって、それだけで直ちに訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠けるものとはいえないと考えられるから、訴因において実行行為者が明示された場合にそれと異なる認定をするとしても、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要となるとはいえないものと解される。
とはいえ、実行行為者がだれであるかは、一般的に、被告人の防御にとって重要な事項であるから、当該訴因の成否について争いがある場合等においては、争点の明確化などのため、検察官において実行行為者を明示するのが望ましいということができ、検察官が訴因においてその実行行為者の明示をした以上、判決においてそれと実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するものと解するのが相当である。しかしながら、実行行為者の明示は、前記のとおり訴因の記載として不可欠な事項ではないから、少なくとも、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、例外的に、訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することも違法ではないものと解すべきである。」
出典:https://www.courts.go.jp/hanrei/50012/detail2/index.html
3.令和7年決定の解説
令和7年決定(最三小決令和7年10月20日)は、「上記罪となるべき事実は、相当長期間にわたるものではあるが、共通の犯意に基づき、同一の被害者に対し、同一の業務上の占有を利用して継続的に行われたものであって、その全体が包括一罪と解されるものであるから、一部の月の横領金額について訴因に明示された金額を上回る金額を認定したとしても、全体として訴因を超える認定をしない限り、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要であるとはいえない。」として、①の基準との関係では、訴因変更は不要であるとしています。
①でいう「審判対象の画定に不可欠な事実」とは、訴因の特定(256条3項)に不可欠な事項(=「罪となるべき事実」の特定に必要不可欠な事実)、すなわち、㋐被告人の行為が特定の犯罪構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる具体的事実、㋑他の犯罪事実との識別(区別)のために必要とされる事実の双方を意味します。
継続的な業務上横領における月ごとの横領金額が㋐に当たらないことは比較的明らかであり、問題は㋑との関係です。ここでは、起訴に係る継続的な業務上横領が全体として包括一罪を構成するという特殊性を踏まえて考える必要があります。
平成26年決定(最一小決平成26年3月17日)は、同一被害者に対し一定の期間内に反復累行された一連の暴行によって種々の傷害を負わせた旨の公訴事実について、全体として包括一罪を構成すると判断した上で、「訴因における罪となるべき事実は、被害者、期間、場所、暴行の態様及び傷害結果の記載により、他の犯罪事実との区別が可能であり、また、それが傷害罪の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされているから、訴因の特定に欠けるところはないというべきである。」と述べ、包括一罪を構成する複数の犯罪行為と他の犯罪事実とを区別できる程度の記載があれば足り、包括一罪を構成する複数の犯罪行為どうしが相互に区別できるだけの記載までは不要と解しています。
令和7年決定も、審判対象の確定のためには、包括一罪を構成する複数の犯罪行為と他の犯罪事実とを区別できる程度の記載があれば足り、包括一罪を構成する複数の犯罪行為どうしが相互に区別できるだけの記載までは不要であるとの考えを前提として、継続的に行われた複数回の横領行為について、「その全体が包括一罪と解されるものであるから、一部の月の横領金額について訴因に明示された金額を上回る金額を認定したとしても、全体として訴因を超える認定をしない限り、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要であるとはいえない。」と判断しています。
次に、②の基準は、原則と例外から構成されるところ、令和7年決定は、「この種事犯における月ごとの横領金額が、一般的には被告人の防御にとって重要な事項に当たるとしても…」と述べ、原則部分に当たるのかについて明示することなく、仮定的に判断を示すにとどめた上で、例外部分に関する判断に入り、「第1審判決が、一部の月の横領金額につき訴因に明示された金額を上回る金額を認定したのは、横領の成立時期を訴因に明示された時期よりも遅く認定した部分があることに伴うものにすぎないから、その認定が被告人に不意打ちを与えるものとはいえない。さらに、合計横領金額について訴因を下回る金額を認定した第1審判決が、訴因に比して被告人に不利益な認定をしたものでないことは明らかである。」として、例外部分に該当することを認め、②の基準との関係でも訴因変更は不要であるとの判断を示しています。
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令和7年決定は、訴因変更の要否に関する判断枠組みを理解するうえで非常に有益な判例です。訴因変更の要否は、司法試験における頻出分野であり、予備試験では過去に一度も出題されていないことからいつ出題されてもおかしくありません。
令和7年決定を通じて、訴因変更の要否に関する判断枠組みについて、深く正確な理解を身に付けておきましょう。