令和4年12月10日、懲戒権及び嫡出推定制度に関する法改正が行われ、懲戒権に関する改正法は令和4年12月16日に施行されており、嫡出推定制度に関する改正法は令和6年4月1日に施行されます。
令和6年以降の司法試験・予備試験では、出題に係る法令の施行日について、「試験時に施行されている法令に基づいて出題する。」という従来の取扱いから「当該年の1月1日現在において施行されている法令に基づいて出題する。」という取扱いに変更されています。したがって、上記改正法のうち嫡出推定制度に関するものについては、令和6年司法試験・予備試験では出題されませんから、上記改正のあった嫡出推定制度に関する問題は旧法の規定に基づいて解答することになります。
令和4年改正の概要は次の通りです。
1.懲戒権に関する規定の見直し
令和4年改正により、「親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる」と定めている旧822条が削除され、新たに「親権を行う者は、前条の規定による監護及び教育をするに当たっては、子の人格を尊重するとともに、その年齢及び発達の程度に配慮しなければならず、かつ、体罰その他の子の心身の健全な発達に有害な影響を及ぼす言動をしてはならない。」と定める新821条が設けられました。
これは、旧822条が児童虐待を正当化する口実として利用されているとの指摘を踏まえた法改正です。
(改正前)
現820条(監護及び教育の権利義務)
親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
旧821条(居所の指定)
子は、親権を行う者が指定した場所に、その居所を定めなければならない。
旧822条(懲戒)
親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる。
(改正後)
現820条(監護及び教育の権利義務)
親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
新821条(子の人格の尊重等)
親権を行う者は、前条の規定による監護及び教育をするに当たっては、子の人格を尊重するとともに、その年齢及び発達の程度に配慮しなければならず、かつ、体罰その他の子の心身の健全な発達に有害な影響を及ぼす言動をしてはならない。
新822条(居所の指定)※旧821条の条文番号が新822条に変更された
子は、親権を行う者が指定した場所に、その居所を定めなければならない。
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2.嫡出推定制度の見直し
(1) 嫡出推定が及ぶ子の範囲の拡大
旧772条は、①1項において「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。」と定め、②2項において「婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。」と定めていました。
令和4年改正により、①について、「妻が婚姻中に懐胎した子は、当該婚姻における夫の子と推定する。女が婚姻前に懐胎した子であって、婚姻が成立した後に生まれたものも、同様とする。」、②について、「前項の場合において、婚姻の成立の日から200日以内に生まれた子は、婚姻前に懐胎したものと推定し、婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。」として、下線部分の規定が追加されたことにより、法改正前は嫡出推定の対象外であった「婚姻の成立の日から200日以内に生まれた子」についても新772条1項前段・同条1項後段による嫡出推定が及ぶことになりました。
なお、この改正に伴い、生来の嫡出子の類型が①推定される嫡出子・②推定を受けない嫡出子・③推定の及ばない嫡出子の3つから①・②の2つに変更されます。
(改正前)
旧772条(嫡出の推定)
1 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2 婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
(改正後)
新772条(嫡出の推定)
1 妻が婚姻中に懐胎した子は、当該婚姻における夫の子と推定する。女が婚姻前に懐胎した子であって、婚姻が成立した後に生まれたものも、同様とする。
2 前項の場合において、婚姻の成立の日から200日以内に生まれた子は、婚姻前に懐胎したものと推定し、婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
3、4 (略)
(2) 嫡出推定の重複回避に関するルールの変更(再婚禁止期間の廃止と後婚優先ルールの新設)
改正前民法下では、母Aが前夫Bとの婚姻中に子Cを懐胎してから離婚し、Dと再婚して子Cを出産したという場合には、嫡出推定の重複が生じる余地があり、この嫡出推定の重複を避けるために再婚禁止期間(旧733条)が設けられていました。
令和4年改正では、「第1項の場合において、女が子を懐胎した時から子の出生の時までの間に2以上の婚姻をしていたときは、その子は、その出生の直近の婚姻における夫の子と推定する。」として後婚優先ルール(新772条3項)が新設されたため、上記例ではDが父と推定されます。
その結果、父性推定の重複を避けることを趣旨とする再婚禁止期間(旧733)はその必要性を失い、廃止されるに至りました。
(改正前)
旧733条(再婚禁止期間)
1 女は、前婚の解消又は取消しの日から起算して100日を経過した後でなければ、再婚をすることができない。
2 前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。
一 女が前婚の解消又は取消しの時に懐胎していなかった場合
二 女が前婚の解消又は取消しの後に出産した場合
旧772条(嫡出の推定)
1 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2 婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
(改正後)
旧733条(再婚禁止期間)
削除
新772条(嫡出の推定)
1 妻が婚姻中に懐胎した子は、当該婚姻における夫の子と推定する。女が婚姻前に懐胎した子であって、婚姻が成立した後に生まれたものも、同様とする。
2 前項の場合において、婚姻の成立の日から200日以内に生まれた子は、婚姻前に懐胎したものと推定し、婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
3 第1項の場合において、女が子を懐胎した時から子の出生の時までの間に2以上の婚姻をしていたときは、その子は、その出生の直近の婚姻における夫の子と推定する。
4 前3項の規定により父が定められた子について、第774条の規定によりその父の嫡出であることが否認された場合における前項の規定の適用については、同項中「直近の婚姻」とあるのは、「直近の婚姻(第774条の規定により子がその嫡出であることが否認された夫との間の婚姻を除く。)」とする。
(3) 嫡出否認の訴えにおける否認権者の拡大、出訴期間の伸長
令和4年改正により、①否認権者の範囲が「父」から「子」「母」「前夫」まで拡大され、また、②出訴期間が「1年」から「3年」に伸長されました。
(改正前)
旧774条(嫡出の否認)
772条の場合において、夫は、子が嫡出であることを否認することができる。
旧775条(嫡出否認の訴え)
前条の規定による否認権は、子又は親権を行う母に対する嫡出否認の訴えによって行う。親権を行う母がないときは、家庭裁判所は、特別代理人を選任しなければならない。
旧776条(嫡出の承認)
夫は、子の出生後において、その嫡出であることを承認したときは、その否認権を失う。
旧777条(嫡出否認の訴えの出訴期間)
嫡出否認の訴えは、夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければならない。
旧778条(同前)
夫が成年被後見人であるときは、前条の期間は、後見開始の審判の取消しがあった後夫が子の出生を知った時から起算する。
(改正後)
新774条(嫡出の否認)
1 第772条の規定により子の父が定められる場合において、父又は子は、子が嫡出であることを否認することができる。
2 前項の規定による子の否認権は、親権を行う母、親権を行う養親又は未成年後見人が、子のために行使することができる。
3 第1項に規定する場合において、母は、子が嫡出であることを否認することができる。ただし、その否認権の行使が子の利益を害することが明らかなときは、この限りでない。
4 第772条第3項の規定により子の父が定められる場合において、子の懐胎の時から出生の時までの間に母と婚姻していた者であって、子の父以外のもの(以下「前夫」という。)は、子が嫡出であることを否認することができる。ただし、その否認権の行使が子の利益を害することが明らかなときは、この限りでない。
5 前項の規定による否認権を行使し、第772条第4項の規定により読み替えられた同条第3項の規定により新たに子の父と定められた者は、第1項の規定にかかわらず、子が自らの嫡出であることを否認することができない。
新775条(嫡出否認の訴え)
1 次の各号に掲げる否認権は、それぞれ当該各号に定める者に対する嫡出否認の訴えによって行う。
一 父の否認権 子又は親権を行う母
二 子の否認権 父
三 母の否認権 父
四 前夫の否認権 父及び子又は親権を行う母
2 前項第1号又は第4号に掲げる否認権を親権を行う母に対し行使しようとする場合において、親権を行う母がないときは、家庭裁判所は、特別代理人を選任しなければならない。
新776条(嫡出の承認)
父又は母は、子の出生後において、その嫡出であることを承認したときは、それぞれその否認権を失う。
新777条(嫡出否認の訴えの出訴期間)
次の各号に掲げる否認権の行使に係る嫡出否認の訴えは、それぞれ当該各号に定める時から3年以内に提起しなければならない。
一 父の否認権 父が子の出生を知った時
二 子の否認権 その出生の時
三 母の否認権 子の出生の時
四 前夫の否認権 前夫が子の出生を知った時
新778条(同前)
第772条第3項の規定により父が定められた子について第774条の規定により嫡出であることが否認されたときは、次の各号に掲げる否認権の行使に係る嫡出否認の訴えは、前条の規定にかかわらず、それぞれ当該各号に定める時から1年以内に提起しなければならない。
一 第772条第4項の規定により読み替えられた同条第3項の規定により新たに子の父と定められた者の否認権 新たに子の父と定められた者が当該子に係る嫡出否認の裁判が確定したことを知った時
二 子の否認権 子が前号の裁判が確定したことを知った時
三 母の否認権 母が第1号の裁判が確定したことを知った時
四 前夫の否認権 前夫が第1号の裁判が確定したことを知った時
新778条の2(同前)
1 第777条(第2号に係る部分に限る。)又は前条(第2号に係る部分に限る。)の期間の満了前6箇月以内の間に親権を行う母、親権を行う養親及び未成年後見人がないときは、子は、母若しくは養親の親権停止の期間が満了し、親権喪失若しくは親権停止の審判の取消しの審判が確定し、若しくは親権が回復された時、新たに養子縁組が成立した時又は未成年後見人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は、嫡出否認の訴えを提起することができる。
2 子は、その父と継続して同居した期間(当該期間が2以上あるときは、そのうち最も長い期間)が3年を下回るときは、第777条(第2号に係る部分に限る。)及び前条(第2号に係る部分に限る。)の規定にかかわらず、21歳に達するまでの間、嫡出否認の訴えを提起することができる。ただし、子の否認権の行使が父による養育の状況に照らして父の利益を著しく害するときは、この限りでない。
3 第774条第2項の規定は、前項の場合には、適用しない。
4 第777条(第4号に係る部分に限る。)及び前条(第4号に係る部分に限る。)に掲げる否認権の行使に係る嫡出否認の訴えは、子が成年に達した後は、提起することができない。
(4) 関連規定の新設
嫡出推定制度に関する(1)ないし(3)の法改正に伴い、①子の監護に要した費用の償還の制限(新778条の3)及び②相続の開始後に新たに子と推定された者の価額の支払請求権(同778条の4)が新設された。
新778条の3条(子の監護に要した費用の償還の制限)
第774条の規定により嫡出であることが否認された場合であっても、子は、父であった者が支出した子の監護に要した費用を償還する義務を負わない。
現778条の4(相続の開始後に新たに子と推定された者の価額の支払請求権)
相続の開始後、第774条の規定により否認権が行使され、第772条第4項の規定により読み替えられた同条第3項の規定により新たに被相続人がその父と定められた者が相続人として遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしていたときは、当該相続人の遺産分割の請求は、価額のみによる支払の請求により行うものとする。
執筆者
加藤 喬 加藤ゼミナール代表・弁護士
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院 修了
総合39位・労働法1位で司法試験合格
基本7科目・労働法・実務基礎科目の9科目を担当