司法試験・予備試験における選択科目の選び方についての私の見解をご紹介いたします。
選択科目をどの科目にするのかについて悩んでいる方に参考にして頂きたいと思います。
私が考える選択科目を選ぶ際の重要な考慮要素は、4つあります。
受験生としての自分との相性
受験生としての選択科目の勉強は、あくまでも試験対策としてやるものですから、自分が関心を持つことができるか、実務でどれだけ使う可能性・頻度が高いのかといったことだけではなく、受験生としての自分との相性の良さも考慮する必要があります。自分が関心を持っている科目や実務で使う可能性・頻度が高い科目であっても、受験者としての自分との相性があまりにも悪いのであれば、選択科目としては選ばない方が良いと思います。受験後、合格発表前や司法修習中に勉強する機会だって十分あります。
受験生としての自分との相性を考える際に着目するべき選択科目ごとの特徴は、以下の3つです。
①記憶の負担の大小
②記憶が報われやすい出題か
③現場思考要素の有無・程度
例えば、記憶が苦手な人は、学習範囲が広い科目、知識重視の科目との相性はよくありません(①)。
労働法は、記憶が苦手な人にとっては、相性が良くない科目であると思います。学習範囲が広い上、判例・裁判例の立場が明確である論点について判例・裁判例に従った規範を定立する必要があるため現場思考による誤魔化しが通用しない、下位基準まで記憶する論点がいくつもあるといった意味で知識重視の科目であるからです。
他方で、労働法は、記憶したことが非常に報われやすい科目であり、勉強量が点数にそのまま反映されやすい科目であるといえます(番狂わせが起きる可能性は低いです)。労働法では、典型論点が正面からバンバン出題される上、判例・裁判例の事案に酷似した事案が出題されることも良くありますし、現場思考要素も少ないからです。しかも、請求や論点の抽出が比較的容易であるため、記憶するべきことをちゃんと記憶しておけば、請求や論点を落とす可能性がかなり低くなります。私は、記憶が得意であり、試験当日には頭の中で自作まとめノートのページを開き、どこに何が書いてあるのかを画像として正確に呼び起せる状態になっていた上、平成26年司法試験の問題では典型論点からの出題ばかりだったため、とても解きやすかったです。
このように、記憶重視の科目は、記憶したことが報われやすい上、記憶が苦手の人に差をつけやすいという意味で、記憶が得意な人にとって相性が良いといえます(②)。
逆に、現場思考要素が強かったり、解答の入り口で悩ませる傾向が強い科目だと、記憶が報われにくいです(②)。
それから、現場思考要素の強い科目には、読解力・思考力・文章力といった法律知識以前の基礎学力で差が付きやすい、知識だけでは対応することができないといった特徴があります(③)。
基本7科目との共通性
これは、勉強のしやすさに関することです。選択科目の勉強のしやすさを考える上で、基本7科目との共通性の有無・程度は非常に受講な要素の一つであると言えます。
基本7科目との共通性が弱い科目であれば、その分だけ、知識面でも、思考面でも、書き方でも、学ぶことが多い上、慣れるまでに時間がかかります。逆に、基本7科目との共通性が強い科目であれば、基本7科目の延長線上で勉強を進めすことができるため、その分だけ、条文・論点に関する知識が定着するのも、答案を書けるようになるのも早いです。
労働法は、民法の延長としての側面が強いです。労働法のうち、特に第1問(労働保護法)では、訴訟物(労働契約上の地位確認請求、賃金請求権、損害賠償請求権など)を出発点として、これに対応する法律要件を一つひとつ検討し、その検討過程で論点が顕在化する要件については論点にも言及するという流れで答案を書くことがほとんどです。権利の発生要件、発生障害事由、取得事由、行使要件、行使阻止事由、消滅事由といった視点も民法と同様です。民法の学習により民法的思考をしっかりと身につけておくと、労働法の学習をスムーズに進めることができます。答案の型は民法と同様であり、肉付けに使う条文と論点が労働法関連のものになる、というイメージです。
例えば、労働法第1問の典型論点に関するものとして、以下の事例があります。
1.Xは、Y社との間で労働契約(民法623条)を締結し、11月分の労働をしたのだから、XのY社に対する11月分の賃金請求権30万円が発生している(民法624条1項)。
2.もっとも、Y社の相殺(民法505条1項本文)により賃金請求権が消滅するのではないか。ここで、Y社のXに対する損害賠償請求権の発生の有無及びその金額(民法415条1項)、並びに使用者による相殺の可否が問題となる。
(1) まず、Xは業務上のミスという労働契約上の「債務の本旨に従った履行をしない」こと「によって」、Y社に30万円の「損害」を被らせている。労働契約上の手段債務の不履行と免責事由の存否とは表裏一体の関係にあるから、Xには免責事由は認められない。したがって、Y社のXに対する債務不履行を理由とする損害賠償請求権が発生する。
(2) 次に、損害賠償請求権の範囲が問題となる。報償責任に基づく損害の公平な分担という使用者責任(民法715条)の制度趣旨にかんがみ、使用者から労働者に対する損害賠償請求は、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において認められると解すべきである。
.したがって、Y社のXに対する損害賠償請求権は上記限度の額において認められる。
(3) 最後に、賃金全額払の原則(労働基準法24条1項本文)との関係で、使用者による賃金債権との相殺の可否が問題となる。同原則の趣旨は、使用者による一方的な賃金控除を禁止することで、労働者に賃金の全額を確実に受領させ、その経済生活の安定を図ることにある。そこで、使用者による賃金債権との相殺は、使用者による一方的な賃金控除に当たるため、同原則に反し無効であると解する。
.したがって、Y社による相殺は無効であるから、Xの賃金請求権はその一部においても消滅しない。
(4) よって、Xによる30万円の賃金請求は全額において認められる。以上
.
上記答案のうち、下線を引いている箇所だけが労働法固有の話であり、そこに至るまではずーっと民法の話です。
労働法第2問(主として労働組合法)では、民法上の請求(裁判所に対する民事訴訟の提起)のほかに、労働委員会に対する救済命令の申し立て(労働委員会による行政処分を申し立てる、特別な制度)も出題されますが、後者の場合であっても、救済命令の発動要件(行政処分の処分要件)である労働組合法7条各号所定の要件への該当性について論点も踏まえながら論じたり、救済命令の申立人適格(行政事件訴訟の原告適格みたいなもの)を確認するだけなので、行政法の延長(見方によっては、民法の延長)に位置づけることができます。
このように、労働法は、基本7科目との共通性が強い科目であるため、勉強を進めやすいです。
自分が関心を持つことができるか
人間は感情に大きく左右されるため、何かをやる上で、モチベーションは非常に重要です。モチベーションの高低は、学習効果が影響します。上記1・2の観点から自分にとって勉強がしやすい科目であったとして、どうしても関心を持つことができない科目であれば、モチベーションが上がらないということもあります。
したがって、その科目自体の興味を持つことができるか、合格後に実務家として使う可能性・頻度などから、自分が関心を持つことができる科目を選択するということは、モチベーションを上げることができ学習効果を高める上で非常に重要です。
因みに、その科目自体に興味を持つことができるかと、合格後に実務家として使う可能性・頻度とは、別次元の問題です。例えば、労働法と倒産法は、弁護士実務で使う可能性・頻度が非常に高いですが、それよりも知的財産法や環境法に興味があるからそちらを勉強したいと思うことだってあるわけです。
教材・講座が充実しているか
科目の特徴に照らして自分にとって学習しやすい科目である上(上記1つ目、2つ目)、関心を持つことができる科目であったとしても(上記3つ目)、その科目について試験対策としての勉強をするための学習環境が整っていないのであれば、試験対策としての学習効果を上げることに苦労することになります。
予備校講座を利用するのであれば、以下の6つを重視しましょう。
①入門講座の有無
②司法試験過去問講座の有無
③司法試験過去問以外の演習問題の講座の有無
④インプット講座とアウトプット講座を一人の講師が担当しているか
⑤担当講師の当該科目の合格順位
⑥当該講座の合格実績
①選択科目をいちから勉強する場合、基本書を使った独学により勉強するよりも、予備校の入門講座を利用したほうが遥かに効率が良いです。基本書を使った独学により勉強をする場合、どの分野・論点が司法試験との関係で重要であるのかや、科目特性が分からないまま勉強をすることになりますから、非常に効率が悪いです。
②選択科目においても、司法試験過去問は必須です。再度の出題に備えるためだけでなく、出題の形式・角度を把握するためにも、採点上重視されていることを把握するためにも、合格水準を把握するためにも、司法試験過去問は重要です。選択科目は第1問と第2問に分かれており、平成18年から令和4年までで34問もあります。短期間で選択科目の司法試験過去問を自力で分析することには無理がありますから、司法試験過去問講座を利用する必要性が高いです。
③司法試験過去問が合計34問あるといっても、司法試験過去問だけから出題されるわけではありませんから、司法試験過去問以外からの出題にも備える必要があります。私のように、インプット教材で記憶を完成させることができ、かつ、問題演習を経験していない分野・論点について合格水準の論述をすることができるタイプの方であれば、司法試験過去問以外の演習問題までやる必要性は乏しいです。これに対し、問題演習を通じてインプットを完成させるタイプの方や、問題演習を経験していない分野・論点については記憶していても合格水準の答案を書くことができないというタイプの方は、司法試験過去問以外からの出題に備えるために、司法試験過去問以外の演習問題までやる必要性が高いです。とはいえ、司法試験過去問のように丁寧にやる必要はなく、事例と参考答案にざっと目を通して、条文・論点の顕在化場面、論証、及び答案全体の流れを確認するくらいで足りると思います。
④インプット講座とアウトプット講座の双方を受講する場合、出来るだけ、同じ講師が担当している講座を選択するべきです。ある講師のインプット講座を受講したところ、自分には合わなかった、質が低くすぎたといった理由からアウトプットでは別の講師の講座を選択するというのであれば全然ありですが、そうした事情が無いのであれば、出来るだけ同じ講師の講座を選択しましょう。教材や方法論を丸々盗用するといったことをしていない限り、講師ごとに、テキストの目次、分野・論点ごとの重要度の付け方、分野・論点ごとの説明の仕方、論証の表現、答案の書き方、問題へのアプローチの仕方(思考順序等)が異なります。これらがインプット講座とアウトプット講座とでずれると、その分だけ、修正を余儀なくされる機会が増えることになり、非常に効率が悪いです。
⑤私は、合格順位が予備校講師としての実力に直結するとは考えていませんが、両者の間にそれなりに強い相関関係があるとは思っています。選択科目については、特に、担当講師の当該科目の合格順位が重要であると考えます。選択科目は、基本7科目に比べて学習期間が浅いですから、上位で合格するか、合格後にしっかりと試験対策を意識した勉強を積むなどしない限り、受験生に教えて良いだけのレベルには到達しないと思います。入門講座を担当するのであれば、尚更です。私の予備校講師として経験からもそう思っていますし、6年前に辰已法律研究所で担当した労働法入門講座ではもっと良い講義をしたかったと不甲斐なく思ってもいます。それくらい、入門講座を作るには実力と経験が必要とされます。
⑥予備校講座の質を判断する上で、合格実績が重要です。合格体験記は勿論のこと、Twitterや合格者ブログ等で言及されているかなども、参考資料になります。これだけ多くの受験生がTwitterやブログをやっているのですから、本当に実績のある講座であれば、何件かはネット上でヒットするはずです。
加藤 喬(かとう たかし)
加藤ゼミナール代表取締役社長・弁護士(第二東京弁護士会)
男子新体操全国5位(長崎インターハイ)
青山学院大学法学部 卒業
慶應義塾大学法科大学院 修了
労働法1位(2466人中)総合39位(上位0.5%)で司法試験合格
法曹教育の機会均等と真の合格実績の追求を理念として加藤ゼミナールを設立